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自転車

脇本雄太
わきもと・ゆうた
清明小―足羽中―科学技術高。日本競輪選手会福井支部・ブリヂストン所属。リオデジャネイロ五輪出場。身長180センチ。1989年3月

「リベンジの準備は進んでいる」。惨敗したリオデジャネイロ五輪から3年超。肉体改造を重ね、90キロあった体重は80キロに、体脂肪率は20%から12%に絞った。あの頃とは明らかに変わった体格で、ワールドカップ(W杯)2勝、競輪G1で3勝を手にした。世界のトップスプリンターとなった男の目に、自信がみなぎる。

極度の緊張、後手に回った駆け引き…。
「話にならなかった」
リオの直後、フランスから招かれたブノワ・ベトゥ短距離ヘッドコーチとの出会いが「全てを変えた」。

量より質-。1日の練習を8時間から3時間に減らし、筋力トレーニングを重視。競輪の年間出走レース数は60から16に減らした。
「戸惑ったが熱意を信じた。自分の変化に驚いた」。
最高速度は5キロ上がり、勝率がアップした。

競輪界を代表する「逃げ」の名手だが、「展開に合わせて動けるだけの経験を積んできた」。戦術の幅も新たな強みだ。

「世界一になりなさい」。高校3年時、亡き母が残した言葉が原動力だ。

「今度こそメダルを持って帰る」。

決意を胸に、代表選考を懸けた世界選手権(2月・ドイツ)に臨む。

文・宮崎翔央
写真・杉本哲大ほか
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