■朝倉氏滅亡後の妻子の行方 近世初期成立の軍記『朝倉始末記』によれば、天正元(1573)年8月の朝倉氏滅亡時、義景の妻子はことごとく絶えたとされている。ところが、岐阜県御嵩(みたけ)町では、義景の側室...