翻訳家、岸本佐知子の本を初めて手に取ったのは、今から15年ほど前のことだった。大学時代からアルバイトで入働いていた小さな出版社は、本棚にも机にも、見渡す限り夥しい数の紙と本が積み重なっていて、震度1の地震でも誰かが生き埋めになりそうなほどだった。そこで見つけたのが「気になる部分」という彼女が初めて出したエッセーで、持って帰ってもいいかと周りに訊いたらどうぞ、と返ってきた。以来、翻訳家である彼女が翻訳した書籍を読んだことはないが、彼女の著書が発売されるたびに手に取っている。

本書は、筑摩書房のPR誌「ちくま」に連載されている「ネにもつタイプ」をまとめたもので、3巻目となる。

 少しは運動しないとと思いながら重い腰が上がらないこと、部屋に落ちていた小さなネジを踏んだこと、歌舞伎を観に行ったら何列か前の席に若い白人男性が2人座っていたこと、人々が忌み嫌う例の昆虫に怯えながらも、襲撃に備えてイメージトレーニングを欠かしていないこと、台所にあるクミンというスパイスの小瓶の匂いがきつく、まるで誰かのわきがのようであること……。誰しもの生活に起こりうる日常のささやかな出来事が描かれているのだが、そこから彼女の妄想はゆっくりと加速し、世界はゆるやかに歪みはじめる。

 運動はしたくないが運動量を手に入れたいので、一歩も動かないまま運動の成果だけを手に入れられる「地球の裏側の誰かの運動量がこっそり私に転送されるトンネル」はどうか。

 ネジは、自分以外誰も入らないこの部屋に、さっきまでなかったのに今落ちている。ということは自分から落ちたネジではないか。それしか考えられないが、まさか自分が機械だったとは。

 歌舞伎が終わって何ヶ月も経つのに、ボブとサムが私の中から帰ってくれない。

 黒くて恐ろしい例の昆虫だけでなく、あらゆる敵の撃退法をシミュレーションしている。ニャンまげの場合は髷を引きちぎり、テレタビーズは腹部のモニター全員分、石で叩き割り、きかんしゃトーマスは脱輪させる。しかしペッパーという機械はどうしたら倒せるのだろう。

 クミンが放つわきがは一体誰のものか。おそらくトルコに住む純朴な少年、16歳のアリのものだろう。父の仕事を手伝い、山羊や羊の世話をする彼。その想いを受け止める。クミンの匂いを嗅ぎながら……。

 奇想天外なのに遠くはない。抱腹絶倒なのにどこか怖い。一度足を踏み入れるとなかなか出て来られない、珍妙な世界。エッセーとも小説とも違う岸本の物語は、気持ち悪くて気持ちいい。

(筑摩書房 1600円+税)=アリー・マントワネット

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