甲子園ボウル出場を決め、選手に声を掛ける関学大・鳥内監督(右端)=大阪・万博記念競技場

 関西学院大学が、大学日本一を決める「甲子園ボウル」に出場を決めた翌日。今季限りでの勇退を決めている鳥内秀晃監督と、西宮市のキャンパス内で会うことになっていた。

 今年の春からロングインタビューを始め、「どんな男になんねん」というタイトルで、監督と私の共著が今月刊行されるのだが、その「あとがき」を完成させるための取材である。

 当然のことながら、前日大阪・万博記念競技場で行われた、甲子園ボウル出場を懸けた西日本代表決定戦に話が及ぶ。

 対戦相手は、11月10日のリーグ戦で7対18のスコアで敗れた立命館大学だった。

 3週間後の再戦だが、立命館はその間は試合がなく、一方の関西学院は西南学院大、神戸大を下してようやく再戦を迎えた。鳥内監督がこの3週間を振り返る。

 「肉体的にはしんどかったよ。遠征もあったし、消耗は避けられんわな。それでも、11月にはおらんかった選手がビッグプレーをしよった。ディフェンスバック(DB)の宮城(日向・2年)が第1クオーターに(相手のパスを)インターセプト。あれは大きかったね。京都の洛北高校ではラグビーやっとってお父さんも、おじいさんもラグビー。アメフトの未経験者が仕事しよったね」

 監督から見ても、前半は「出来過ぎ」だったという。

 11月の対戦では封じ込められたランプレーで2タッチダウン(TD)を奪い、14対0とリード。立命館にフィールドゴールを返されたものの、14対3とリードして前半を折り返した。

 この試合で勝敗を決定づけたのは、後半最初のプレー。

 関西学院は「オンサイドキック」によるボール確保を試みた。

 通常、キックオフでは敵陣深くにボールを蹴り込むものだが、このときは意表を突いて右サイドに転がしたボールを、DB北川太陽(2年)が10ヤードを越えた地点で確保。見事に攻撃権を手にして、それがTDへとつながり21対3と立命館を引き離した。

 相手に流れを渡してしまう危険性もあったが、鳥内監督はリスクを取り、勝負を決定づけるプレーを選択した。

 オンサイドキックを決めたのは、どのタイミングだったのか。監督は真顔で「半年前や」と言うので、ついつい真に受けてしまうと「そんなん嘘、嘘」とニコッと笑顔を見せる。

 「前半の最後にフィールドゴール(FG)を決められて、14対3になった。ハーフタイムで選手たちの感覚を聞くと、オフェンスライン(OL)もディフェンスライン(DL)も『めっちゃキツいです』と言っててね。立命館のラインはほんま強いで。14対0だったらオンサイドを蹴る必要はなかったけど、突き放したくてね」

 立命館にボールを確保され、流れを渡してしまうというリスクは想定していなかったのだろうか?

 「しとったよ。選手たちには、リターンでロングゲインされたと思って、そこからまたディフェンスが頑張ればいいだけの話と伝えといた。だから、ドキドキせんと、春から練習してきたオンサイドキックをやってくださいと話してね。完璧やったな」

 もしも、この試合で負けていたら、鳥内監督にとって最後の試合になっていた。

 「とりあえず寿命が延びたわ」と話す監督の次戦は、12月15日の甲子園ボウル。対戦相手は昨年に続いて早稲田大学だ。

 「学生には立命館に勝ったからといって、うぬぼれるなと言うてあります」

 関西学院のシーズンはまだ続く。

生島 淳(いくしま・じゅん)プロフィル

1967年、宮城県気仙沼市生まれ。早大を卒業後広告代理店に勤務し、99年にスポーツライターとして独立。五輪、ラグビー、駅伝など国内外のスポーツを幅広く取材。米プロスポーツにも精通し、テレビ番組のキャスターも務める。黒田博樹ら元大リーガーの本の構成も手がけている。

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