3世代にわたる、ある家族の物語である。梓という女性は、同棲していた恋人から別れを告げられ、共に住んでいた家から追い出され、実家の法事を機に、そのまま、実家に居ついてしまう。彼女の母親・祥子は、いつも何かに苛立って、ぐだぐだと日々を重ねる娘に文句が絶えない。父親の滋彦はそんな妻に辟易し、40代女性との淡い、淡すぎる交流を重ねている。見かけた一軒家があまりにも自分の家に似ていたため、見惚れていたら、その家主の娘に声をかけられたのだ。

 登場人物はどんどん増える。母親の叔母の道世は片田舎で、食料品や雑貨を扱う小さな商店を営んでいる。旅行なんてしたことのないまま70を超えた彼女が、あるきっかけで、オークランドへと旅に出る。

 いくつもの人生を描いた連作を読み進めるうち、次第にとあるモチーフが像を結び始める。私の家。私が、帰る家。梓は「帰ってきた」はずの実家で、もう永遠に失われてしまった恋人との部屋の一角での安らぎを夢想する。道世はオークランドの地で、遠くにありて我が家を思うことこそが「旅行」なのだと思い至る。その、「帰るべき家」というモチーフが、読み進めるごとに胸に迫る。自分が今暮らしているこの家は、果たしてほんとうに「帰るべき場所」だろうか。ほんとうに帰りたいのは、もっと別の場所ではなかったか?

 家族の圧力を避け、自分で行き先を決める自由な人生。老いてゆく親と、その先にある永遠の喪失。あらゆる登場人物の姿を借りて、「帰る」にまつわるあれこれが浮かんでは消える。帰るべき場所を失ったまま生きる人生もあるし、突然それを手に入れる人生もある。

 終盤、それぞれ別々の「帰る家」を得た家族たちが一堂に会して、やがてそれぞれの家に帰っていく描写がある。彼ら彼女らが向かっているのが、彼ら彼女らの真の「家」なのかどうかは、きっと誰にも断じることができない。本人たちにもだ。人の心は移り変わる。今日、ここが我が家だと思っても、明日のことは誰にもわからないのだ。

(集英社 1750円+税)=小川志津子

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