【越山若水】笏谷石は福井市の足羽山周辺で産出され古墳時代の石棺から1500年以上にわたり利用されてきた。一乗谷遺跡の石仏、丸岡城、北ノ庄城などに幅広く用いられ、近世には北前船で日本海沿岸に運ばれたトップブランドだった▼日本遺産に福井県、福井市、勝山市が共同で申請した「石」ヒストリーが認定されたのをきっかけに福井市では、1998年には採掘を終えている笏谷石がクローズアップされている▼そこで、にわかファンをきめこみ中心市街地に残る笏谷石の痕跡を探す散策会に参加、福井市自然史博物館元特別館長、吉澤康暢さんによる講演も聴講した。吉澤さんは福井城本丸石垣を調べてみたところ、すべて笏谷石だったという▼80年代に出版された「笏谷石文化」(福井の文化財を考える会編)に本紙OBの故小林巌さんの「福井城本丸の石垣」と題する講演録が収められている▼小林さんによると、福井城本丸石垣は一種類の切石で築かれ全国の城でも類を見ない。しかもその笏谷石が軟らかく加工がしやすい上に大量生産できる体制があった。採掘する足羽山が近く、運搬に足羽川、旧吉野川(後の百間堀)が利用できた、など詳細に分析。本丸の石の数を高校生に数えてもらい、約2万5千個と確認するなど面白い試みも披露している。福井城本丸石垣が笏谷石の象徴であることを、改めてかみしめた。

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