【論説】もともと業務上の指導とパワーハラスメント(パワハラ)は線引きが難しいとされるが、これではパワハラに口実を与えることになってしまわないか。厚生労働省が、厚労相の諮問機関である労働政策審議会の分科会に示した指針の素案はそんな懸念が拭えない。

 厚労省は、パワハラを▽暴行・傷害の「身体的な攻撃」▽脅迫・暴言の「精神的な攻撃」▽隔離・無視などの「人間関係からの切り離し」▽遂行不可能なことの強制・仕事の妨害といった「過大な要求」▽程度の低い仕事を命じる「過小な要求」▽私的なことに過度に立ち入る「個の侵害」―の6類型に分類している。指針素案では類型ごとに該当する行為、該当しない行為を例示した。

 例えば「精神的な攻撃」では人格を否定するような発言をしたり、必要以上に長時間にわたる厳しい叱責(しっせき)を繰り返したりするのはパワハラだと指摘する。しかし、遅刻や服装の乱れなど社会的ルールやマナーを欠いた言動が再三注意しても改善されない場合や、重大な問題行動のあった労働者に強く注意するのは当たらないとしている。

 「人間関係からの切り離し」では、意に沿わない労働者を別室に長時間隔離するのはパワハラだが、処分を受けた労働者に個室で必要な研修を受けさせるのは該当しない。「過小な要求」では、管理職である労働者を退職させるため、誰でも遂行可能な業務を行わせることはパワハラ。一方で、経営上の理由により一時的に、能力に見合わない簡易な業務に就かせるのは当たらない。

 分科会で労働者側から、該当しない例に疑問や反発の声が相次いだのも当然だろう。「社会的ルール」や「問題行動」「強く注意」などは曖昧さの残る言葉であり、問題のある労働者は厳しく叱責することが可能だという誤った解釈を企業に与えかねない。「経営上の理由」を挙げれば「過小な要求」も認められるとする企業も出かねない。

 パワハラ対策などを盛り込み、5月に成立した改正労働施策総合推進法は、パワハラを「優越的な関係を背景に、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動により就業環境を害する」と定義し、事業主に相談体制の整備など対策を初めて義務付けた。パワハラで休職や退職は無論、自殺に追い込まれるケースが後を絶たず、規制は待ったなしだ。

 ところが、罰則を伴う禁止規定は見送られ、さらには、パワハラを助長しかねない指針素案まで出てきた。年内に指針を策定、大企業は来年6月、中小企業は2022年4月から義務化される。弱い立場の労働者を守るには、まずは指針案を全面見直しすべきだ。

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