【論説】若狭と京都を結ぶ鯖街道の宿場町として栄えた若狭町の熊川宿。山間部の集落とあって高齢化や空き家増などの問題を抱えているが、近年、シェアオフィスや美術館、飲食店などができるなど、良い意味で騒がしくなっている。地道な地元の取り組みが大きいが、新たに熊川に入居した人たちも地域になじみ、ともに活性化を図る好循環ができつつある。風情ある宿場町が活気に満たされる日を楽しみに待ちたい。

 熊川宿は江戸時代に京都と小浜を結ぶ若狭街道の物資流通の中継拠点として繁栄した。1996年に国の重要伝統的建造物群保存地区(重伝建)に県内で初めて指定され、電線の地中化や道路に小石を敷き詰めるなどの整備がなされた。

 熊川宿を歩くと、江戸時代や明治時代に建てられた商家や民家が残る景観は今、往時の風情だけでなく、しゃれた印象も感じさせるようになっている。2015年には鯖街道が日本遺産に認定されたこともあり、年間約45万人の観光客が訪れているという。

 区やまちづくり特別委員会などが町などと連携して活性化に取り組んできた。空き家対策にも力を入れ、先進地研修や生活ガイドブック作製のほか、県内外にいる所有者のところまで出向き、賃貸や購入に向けた条件などを詰め、移住者や出店者の受け入れの窓口を務めるなどしてきた。

 昨年から今年にかけ、現代美術を中心に展示する熊川宿若狭美術館や複数の企業が入るシェアオフィス、東京で他店舗経営しているコーヒーショップ、工房などが開店。一気に新たな血が流入してきた感がある。

 加速度的に進むこの動きに関わっている1人が、東京で施設開発などを行ってきた「デキタ」の社長時岡壮太さんだ。おおい町出身でまだ39歳と若いが、シェアオフィスなどを実現させてきた。本社も昨年熊川に移転し、今後は古民家を活用した宿泊所を複数開設していくほか、空き家の紹介、飲食店などの出店にも関わっていく。

 熊川は現在約140戸のうち約40戸が空き家だ。この空き家が新たな店舗の受け入れ先となり、新たな熊川を生み出していく。まちづくり特別委や時岡さんが目指すのは、住民が主体となった持続可能な熊川だ。そのためには商売が立ち上がり、雇用を生むことが必要となる。景観や歴史、さらには関西と若狭をつなぐ立地の良さを生かし、どう活力ある熊川にしていくのか。熱意ある住民と創意ある新規出店者らとのコラボレーションを見守りたい。

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