【論説】今年は福井県出身の直木賞作家、水上勉さん(1919~2004年)の生誕100年に当たる。その節目に大学の研究者グループが水上文学の基礎研究と位置付けた「水上勉の時代」を刊行した。没後15年にも当たり、研究者の投じた一石ともいえる出版を起爆剤に、水上文学そのものの再評価、さらには次世代が作品を読み継ぐ機運が高まることに期待したい。

 ■多作家「才能の山」■

 水上さんはおおい町岡田生まれ。貧困から京都に小僧として修行に出されるなど、前半生は小説以上に小説的といわれ職業も転々。直木賞を受賞するころには「37の職業を持った男」との異名をとどろかせたことで知られる。

 今日では主流ともいえる大卒の作家とは一線を画する、たたき上げの作家だった。物語の構図は自らの極貧生活の体験を生かし「視線が弱き者に注がれ貧しさや苦境に負けずけなげに生きるさまを描く」との水上評に、ほぼ収束されているといえよう。

 多作家で生涯にわたり単行本だけでも300冊を超え、ジャンルは多岐にわたる。批評家、小林秀雄は「才能の山」と評したほどだ。このため研究者3人の代表格、大木志門山梨大大学院准教授が「質量ともに単純に掘り崩せない」「文学研究者に二の足を踏ませる一因」と指摘するように、研究を遅延させてきたことは否めない。

 ■戦後文学で再評価■

 代表作から、作風を大づかみにたどれば私小説「フライパンの歌」でデビュー、いったん文筆活動から遠ざかり社会派推理小説「霧と影」で再デビュー。「雁(がん)の寺」以降の中間小説を経て純文学へ回帰し「寺泊」で円熟期の到達点と、変遷ぶりが見て取れる。

 大木准教授は没後15年の現時点で「文学史的な評価、全体像を位置付ける言葉は定着していない」と総括し「戦後文学における評価軸の変遷を長年、文壇の第一線で活躍した水上の文学作品をサンプルに検討することは魅力的」という。向こう4年間にわたって再検証に当たる。その野心的な挑戦に注目したい。

 文豪、谷崎潤一郎に称賛された「越前竹人形」をはじめ「越前一乗谷」「故郷」など、福井県を舞台とした、多彩な作品も特筆される。

 晩年には私財をはたいて若州一滴文庫を、水上さんが好んで使った、生まれ故郷の“在所”に建てた。おおい町が出版した写真集「水上勉とふるさと」によれば、完成直後に、書庫には2万冊の蔵書を収めたという。

 ■少年に熱い思い■

 同文庫のパンフレットには、水上さんがしたためた「たった一人の少年に」と題する一文が掲載されている。自らが小学校も卒業できず、家には電灯もなく本も読めなかったことを明かし、同じように本を読みたくても買えない少年に開放したいと、開館に寄せる思いが濃縮され、胸を打つ。

 連携が進む福井県ふるさと文学館でも、企画展を夏休み期間に併せ開催。狙いは「若い世代に、水上作品の中から生きるということの本質に迫った作品に触れてもらいたい」との趣旨。次代を担う少年に託したメッセージの具現化の試みといえよう。

 福井に滞在した昭和を代表する詩人三好達治が今、若者に人気を呼んでいる。三好の詩作からイメージされたキャラクターが漫画化され、詩作も読まれる流れ。一つのヒントになろう。新たな水上ファンの創出に、官民挙げ英知を結集してもらいたい。

関連記事