【越山若水】「自然」はよくよく考えれば不思議な言葉である。「自」のつく単語はたくさんあるのに「シ」と読むのは「自然」ぐらい。ほかは「自分」「自信」などほとんどが「ジ」と発音する▼その理由を高島俊男さんが「漢字雑談」(講談社新書)で解説している。シは漢音で、ジは呉音である。古くはシと読む単語もあったが、次第にジに落ち着いたらしい。ではなぜ「シゼン」だけが残ったのか。それは「ジネン」と読む別の言葉があったからだという▼平安時代の物語には「じねんに恥づかしき」とあり、夏目漱石は「頬骨の下が自然(じねん)と落ち込んで」と書いている。これは「ひとりでに」の意味。一方、鎌倉時代の平家物語にある「自然(しぜん)の事のあらん時」は「もしも」の意味。江戸初期の日葡(にっぽ)辞書も両方併記している▼ただし明治になって、英語「nature」の訳語に「自然(しぜん)」が充てられ、こちらは「ジネン」が淘汰(とうた)されたらしい。読み方の歴史はともかく、相次ぐ台風襲撃で列島各地は甚大な被害を受けている。難航する復旧を思うと「自然災害」だからと簡単に割り切れない▼茨城県那珂川では、国土交通省の氾濫情報発表が大幅に遅れた。人命に関わる落ち度である。今回の「自然災害」は「ひとりでに」起きたのか、あるいは意表を突く「もしも」の事態なのか。気候変動による異常気象が続く中、油断は許されない。

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