◆今回の大型台風19号

 今回の大型台風19号による各地の河川氾濫によるその大規模な洪水被害や、日ごとにその数を増す犠牲になられた方々の情報に心痛む思いです。皆さんのところでは、いかがでしたでしょうか。

 今回の台風で大田区田園調布に一人で住んでいる私の従姉妹の家も今回床上浸水の被害にあいました。土曜の夜に気になって電話すると、避難所までは遠いのと病気のこともあって避難しないで、今、2階に避難しているとのことでした。下は2階に上がる階段の3段近くまで水が来ていて、電気も来ていない状態だというのです。

 すぐに駆け付けたいところですが、我が身すら思うようにならない状態ですので、福井に住む従妹にすぐに連絡しました。すると民生委員をしていると立場からか、こうした時の対応に通じていたのでしょうか、すぐに東京の大田区の市役所に連絡を取ってくれたのでした。そこから包括支援センターにも連絡が行き、すぐに本人のところに駆けつけてもらえ、浸水した水を抜いたり、家具を運び出したりといろいろと力になっていただいているそうです。

 そして、その福井の従妹には、東京の役所からその支援状況や本人の体についての情報までも報告いただけたというのです。そして従妹からその情報が私のところにも伝えられてきているのです。私たちは末っ子の一人娘同士、小さい時から姉妹のように行き来してきました。ですから、今回のようなときにはすぐに駆けつけたいのですが、それが出来ないのが心もとないのです。が、連絡し合い、協力し合って本当に助かりました。東京の従姉妹も、とても喜んでくれていました。携帯もつながらないことを告げると役所の人が充電器を持って行って充電できるようにしていただけましたので、本人との連絡も可能になりました。

 被災現場の後片付けは、つい火事場の馬鹿力で無理をしがちですが、必ず後になって体に来るので、体があってのことで後のことはどうにでもなることだから、若くないのでくれぐれも無理をしないことを伝えておきました。しかし、泥の始末をしてもらうために、やることが山のようにあってそうもいかないのだと言ってはおりました。知人、友人など応援も来てもらっているとのことですので、あとは、本人が体に気をつけて、この災難を無事乗り越えてもらえることを、ただただ祈るばかりです。

◆畑で出会い、そしてつながり、開かれていく世界

 “お母さん、畑にいるといろいろな人と出会えていいね!”同居の娘に言われました。そう言われればそうなのです。これまで畑で畑仕事をしていると、いろいろな人に出会え、その出会いが思いがけない世界とつながり、開かれてきているように思えます。

 近くの中学校のALTの先生とのつながりもそうでした。その先生はベトナム生まれのアメリカ育ちの人だそうです。ベトナムに里帰りされた時、ベトナムに住んでおられるというその方のおばあちゃんからだと言ってお土産をいただきました。  
 まだお会いしたことも、お話ししたこともないそのおばあちゃんからの思いがけないお土産に、なぜ私にまで?と一瞬いぶかる思いでした。しかし、ベトナムの人の孫を思う思いの情の深さの在りように、つながる思いは距離の遠い、近いではないことをしみじみ思わずにはいられなかったのです。

 畑をしたいという子や野菜が好きだという子たち3人で大根の種を蒔きました。

 3メートルくらいのそれほど長くはない畝を一畝ずつ責任をもってまいてもらいました。それぞれが責任をもって育ててほしいという思いからです。まいた大根も葉丈20センチぐらいまでに大きく育ちました。先日混み入ったところを一回間引きました。間引きしたものを3人で仲良く分け合ってそれぞれが家に持って帰っていました。
     
 葉物はゆがくと少なくなってしまうので、一人の子は菜飯にしておにぎりにしてもらって食べたということでした。それでもつまみ菜のおひたしが食べたいというのです。

 つまみ菜のおひたしが好きだというので、別に、つまみな用にとまいておいてあげました。それも大きくなりましたので、お浸し用に間引いて持って帰ってもらいました。そんな子どもたちの大根の育ちをおうちの人も、勤め帰りに時々覗かれるようになりました。そして‘大根大きくなりましたねえ’と声をかけられるのです。その育ちをお子さんと一緒になって楽しみにしておられるようです。

◆ユーゲント・ファーム

 近くの川の川べりには、くるみの木や桑の木が何本もありました。今回の国体の駐車場として、それらの木は切られてしまいました。が、対岸は何の手入れもされず、自然のままの状態で残されていますので、それらの木は無事で、その堤防に沿ってずっとくるみの木が生えていて、今の時期にはいっぱい丸い青い実をつけているのです。

 そんなくるみについて、‘くるみがなっているけれど採りたい?’と聞いてみると、‘採りたい’というのです。しかし、こんなに近くにあんなにたくさんのくるみの木があっても子どもたちは誰も知らないのです。今すぐ行きたいと言うので、畑の仕事を中断して、みんなで自転車を走らせました。すると途中まで来ると ‘ここからは、校区ではないので、先生に叱られる’と戻ろうとするのです。‘おばあちゃんという大人が付いていてもだめなの?’と聞くと、大人がいればいい、とやっと安心したようでした。ほんの近くの対岸にあっても校区外ということで、行動範囲が決められていて、彼らにとっては決して犯してはならない掟となって近づくことすらなかったようです。

 公園もそうです。公園はあっても、キャッチボールやボール遊びは近所に迷惑をかけることになるので禁止という看板が掲げられてしまっているのです。何と現代の子たちはその遊び場においても制限だらけのなかで何をして遊べるというのでしょう。大人の安心、安全の中で、何の冒険も許されない環境のなかでの遊びという場は、家にこもってのゲームということになっても仕方のないことなんだなあと納得もしてしまうのです。

 学童保育は2年生までということで、それ以上の子は学校から帰ってから塾に行ったり、習い事に行ったり、友達と遊んだりしながら、おうちの人が勤めている子は、おうちの人が勤めから帰るまでの間を過ごしているようなのです。

 今回の畑をしたり、畑の前の公園に集まってカードゲームに興じたりしている子たちは、ちょうどその学童保育の対象から外れている子たちなのでしょう。

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