1989年5月のスコットランド戦で1トライを奪うなど活躍した朽木英次さん。日本代表が世界の強豪を初めて破る歴史的勝利となった=秩父宮ラグビー場(日本ラグビーフットボール協会提供「日本ラグビー デジタルミュージアム」掲載資料)

 ラグビー・ワールドカップ(W杯)の日本が初の8強進出を懸ける10月13日のスコットランド戦を前に、福井県の若狭農林高校(現・若狭東高校)出身で元日本代表の朽木英次さん(56)に、試合のポイントやここまでの3試合の戦いぶりについて聞いた。30年前、日本がスコットランドから唯一の白星を奪った時のメンバーである朽木さんは、厳しい戦いを予想しつつも「日本ラグビーの歴史を変えてほしい」とエールを送った。

 ―日本の3試合の印象は。

 「真っ向勝負ができておりスクラム、ラインアウトの安定感が光る。倒れてもすぐ起き上がる運動量が体の小ささを補っている。エディー・ジョーンズ前ヘッドコーチ時代からの蓄積の成果だ」

 ―なぜ強くなったのか。

 「準備だと思う。我々の時代は国際試合は年間で数試合程度。今は明確な目標を持ってテストマッチを組んでいるし、(世界最高峰リーグの)スーパーラグビーで経験を積める。例えばスクラムなら、世界最強とされるジョージアはこの位だとか分かっているのだろう。8強に残るような強豪とも互角に戦えると、肌感覚でつかんでいる」

 ―朽木さんの持っていた日本のW杯通算トライ記録が松島幸太朗選手に破られた。

 「トライは15人の力が現れた形であり、個人のトライ記録はあまり評価の対象にならない。とはいえ、日本は今や世界8位。その国の記録が4とか5では寂しい。松島には二桁に伸ばしてほしい」

 ―30年前のスコットランド戦は歴史的勝利と言われた。

 「当時、スコットランドはホームで日本と戦う際は『代表』ではなく『選抜』だとしてテストマッチと認めなかった。それくらい伝統国のプライドは高かったが、監督の宿沢広朗さん(2006年に55歳で死去)が相手を分析し『これとこれをやれば勝てる』と伝え、選手が全うした。試合後には宿沢さんと主将の平尾(誠二さん、16年に53歳で死去)を胴上げした。日本ラグビーの歴史がちょっと変わった瞬間だった」

 ―スコットランド戦はどのような試合になるか。

 「厳しい戦いになる。アイルランドやイングランドが上のように言われているが、力は変わらない。プライドもあるだろう。日本はW杯直前の南アフリカ戦で(ハイパントなど)キックでやられた。松島らバックスは背丈が高くないので相手は突いてくるのではないか。鍵は80分の中でいかに流れをつかめるか。一つのミスが勝負を分ける。4戦全勝を成し遂げ、日本ラグビーの歴史を変えてほしい」

 朽木英次(くつき・えいじ)1962年生まれ。福井県高浜町出身。若狭農林高、日体大、トヨタ自動車で主にセンターとして活躍した。日本代表では同年代の平尾誠二さん(故人)との名コンビでチームに貢献。W杯では第1、2回大会で全6試合に出場し4トライを挙げ、前回大会まで日本の通算最多記録だった。代表キャップは30。引退後はトヨタ自動車監督を務めた。現在は同社社会貢献推進部長。

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