日本列島人(ヤポネシア人)の起源を、最新のDNA研究を基に解き明かそうとするプロジェクト「ヤポネシアゲノム」が進んでいる。このほど福井市で公開講演会が開かれ、研究の狙いや成果の一端が紹介された。幅広い学問分野の第一線の研究者が参画し、「ゲノム歴史学」という新しい研究分野の確立を目指している。

 ヤポネシアとは、奄美大島に住んだ作家島尾敏雄が1960年代に提唱した言葉。ヤポは日本、ネシアは島々を現すラテン語だ。日本という国名が生まれる以前の日本列島の歴史を扱うため用いられた。ヤポネシアには約4万年前に最初のヒトが渡来し、その後も何度か渡来の波があった。この中で、ヤポネシア人の起源や成立、発展の過程を探るのが研究の目的だ。

 ■多様な研究テーマ■

 こうした研究が可能になった背景には、ヒトのゲノム(全遺伝情報)が解読され、遺伝子解析技術の進歩で、DNAから得られるデータが近年飛躍的に増加したことがある。

 研究は全部で六つのテーマがあり、多くの地域から選別した現代人と古代人のゲノム配列を比較解析するほか、ヒトとともにヤポネシアに移ってきた動植物についても歴史を解き明かす。また、年代測定など考古学データとタイアップした研究を進め、日本語・琉球語の方言の発展などについても分析する。

 プロジェクトは2018年度から5カ年計画。国立遺伝学研究所や国立科学博物館、国立歴史民俗博物館、北海道大などの研究者が参画している。文部科学省の新学術領域研究に採択され、多彩な公募研究も実施する。

 ■二重構造モデル■

 日本人の起源については「二重構造モデル」と呼ばれる定説がある。採集狩猟が中心の縄文時代までと稲作農耕中心の弥生時代以降の2段階を想定。弥生時代に渡来した人々が九州に水田稲作を伝え、東北、関東へと伝わった。この間、先住民である縄文人の子孫との混血を繰り返した。しかし、南の島々と北海道に水田稲作は広がらず、日本列島の南と北には縄文人の血を色濃く伝える人々が多く存在するという考え方だ。

 ■三段階渡来説■

 この二重構造モデルを踏まえつつ、DNA分析からさらに渡来時期や系統を分けた「三段階渡来モデル」を、プロジェクトの領域代表を務める斎藤成也・国立遺伝学研究所教授(福井県出身)が提唱している。

 第1段階(約4万~4千年前)にユーラシア各地から採集狩猟民が列島に移動し、第2段階(約4千~3千年前)に朝鮮半島などから「海の民」が渡来した。第3段階は2期に分かれ、前半(約3千~1700年前)に稲作農耕民が渡来し、先住民である縄文系の人々と混血した。後半(約1700年前~現在)には朝鮮半島や東アジア大陸から須恵器や製鉄工人が渡来。北海道にはオホーツク文化人が渡来した。列島内ではヤマト王権の拡張に従って人々の移動が生じた―とする。

 プロジェクトではこうした説の妥当性も検証される。講演会で斎藤教授は、福島県の三貫地(さんがんじ)貝塚出土の縄文人の核ゲノムデータを解析したところ、現代人ではアイヌ人と最も近い関係になっていたことを紹介した。二重構造モデルを支持する結果だ。

 今後、ヤポネシア人が初めて渡来した時期やその後の人口変動、渡来人のルーツなどの解明にも挑む。最新科学を駆使し、文化系と理科系の学問成果を統合した「文理融合」といわれる壮大なプロジェクトの成果に期待したい。

関連記事