そして、大好きなサンダーバードに乗っての別れの際、乗車口の戸が既に閉まったので口パクで「パパによろしくね」というと、親指を立てて了解のサインが返ってきました。そのしぐさに、‘ああ、やっぱり ドイツの子だなあ’と思えたのです。

◆越前水仙に導かれて(2)

水仙の色や形が語るもの

 自然界の中に存在するものの中で特に植物においては、その色や形がそのものの本質をそのままに表しているといわれています。私の知っている人で、色についてよく勉強されている絵を描く方がおられます。その方に新しい園舎の天井画や壁画を描いていただきました。何日かして絵が出来上がって、そのあと、私たちに色の意味について話をしていただくまでの空いたわずかの時間に、越廼村まで出かけられたそうです。しかもバスで。どれだけの時間をそこでたたずむことができたのでしょう。

 多分着くと同時に帰りのバスに乗らなければならなかったことでしょう。

 約束の時間にちょっと遅れて、息せき切って部屋に入って来られました。

 そして開口一番に話されたのが水仙の秘密についてでした。まず水仙の花びらが6枚であることの意味から話し始められました。

 浦島伝説の読み解きに始まって、白山信仰については、民俗学を超えて霊学の観点から深く研究をされている、私の知人の方(このコラムでもご紹介した『民話、叡智の宇宙』の著者である金井朋子氏)もよく触れてくださっているので、お二人の話を重ねてみると、確か次のようなことになると思います。

 6枚の花弁は、その形を図形化すれば、反対の向きの二つの三角形が組み合わされたものです。その形をさらに単純化すれば六角形になります。六角形は、日本では古来亀甲紋と呼ばれてきました。普通人間は五芒星形で表されます。あるいは五角形です。

 亀甲紋は五角形よりもさらに高次の我欲を離れた精神の在りようを表しているのだそうです。そして花びらは放射状に開き、黄色い花弁は、筒状になっているのです。 

 つまり、一方においては世界に対して放射の姿勢をとり、一方においては、自分を空の器にして、自分を超えた世界から流れ込んでくるものを受け入れようとする姿勢です。これは仏教的にいえば観音様の姿でもあるといえるそうです。色については、あまり深くは触れていただけませんでした。それだけに色の世界を簡単に決めつけることは、いいはばかれたのでしょう、ただ、私たちは、人形を作るときは、どんな色の衣装を着せるかによって、その人形の精神性を表します。ですから、人形の衣装の色については、出来るだけ吟味します。水仙の話の主人公「せん」の衣装の色も、別のその道に造詣の深い方からアドバイスをいただいて、淡いピンクの着物の襟もとにグリーンと黄色の重ね襟をつけ、白い上着を羽織りました。

 ゲーテの色彩論や形態論は大変難解ですが、こうした観点から物事を見ていくうえで深い示唆を与えてくれるように思われます。ただこうした見方は、まだ一般にはすんなりと受け入れられるまでには至っていないようです。

 伝説「水仙」に戻って、考えてみますと、主人公「せん」が、刀上の浜に流れ着きます。どこからとは書いてありませんが、たぶん、大陸からと推測する人が多いと思います。それも、中国というよりも朝鮮半島との結びつきで考えた方が妥当かもしれません。そして、話のおしまいの方では、兄弟の恋の板挟みになって、自分がいなければと「せん」は海に身を投げてしまいます。そのあとに海岸に流れ着いたのが水仙の球根で、それが辺りに自生するようになったといわれているのです。

 このことから水仙の花は、自分を「無」にして死に飛び込み、さらに水仙の花として新たな生に再生したといえるでしょう。しかも、その生は、一段と高まった生であることを水仙の花や形が無言の中で語っているのではないでしょうか。

 ですから水仙から醸し出される雰囲気の中には、苦しみに耐える痛々しさや悲しみや厳しさに向かう強さというより、すべて、この世的なものを超えた清らかさ、清楚さがあり、それが人の心を打つのではないでしょうか。

 また、そこからは、大陸からの観音信仰の道筋が読み取れるのかもしれません。それは白山信仰につながっているというのです。そして白山菊理媛の「きくり」の言葉の響きからくる意味と、「くくり」の言葉の響きからくる意味は同じ意味で、対局にある二つのものを調和させるという働きがあるということです。六角形がちょうど反対の向きの二つの三角形が組み合わさってできているようにです。

 もう少し詳しくいうなら,人が向上したいと願う上昇衝動と、自分の持てるものを外に向かって放射しようとする下降衝動が調和しているようにです。亀甲紋は、まさにその意味を象徴しているのだというのです。目に見える福井だけにとらわれるのではなく、水仙の花が咲く、目に見えない福井の風土として、福井の地に働きかけている力をも、正しく認識することこそ、現代の私たちに課せられている大切なことのように思います。

 現実に生きて生活しなければならい郷土の人々にとって、郷土の開発は古い昔より生活と切り離して考えることは出来ないことだったでしょう。

 しかし、そうした力を正しく認識するかしないかによって、開発が人間のエゴイズムを満たすためにのみ行われ、その結果、郷土をいたずらに破壊し、より破滅の方向に向かわせるのか、そうではなく、地域をより生かす方向に向かわせるのかを決定してしまうのです。

 わずかの時間をさいてわざわざ水仙の里にまで出かけられたことを後でお聞きし、そこまで水仙に関心を持って下さったことに県民の一人としてとてもうれしく思いました。が、帰り際に一言「水仙も、もう咲き終わり、衰滅の方向にあったのがとてもさみしかった。しかし、球根は、海のシルクロードでもあったのですね」と言われるのです。水仙の咲き終わりを象徴して言おうとされたことは何だったのだろうか、と思う反面、これまで予想だにしなかった海のシルクロードという大ロマン。たった一言の中にひそむ「明」と「暗」のおもいが、私の胸の中で、まるで渦が広がるように広がっていくのです。

 「越前水仙」との出会いは、私にとっては何だったのでしょうか。それは「水仙」からの私たちへのメッセージなのかもしれません。

 福井の伝説を呼んでいると、よく大蛇や、蛇などを通して、その地域の人々やその時代の人々へのメッセージと思われる個所が沢山あるのです。

 「水仙も咲き終わり衰滅の方向にあったのが寂しかった」と言われる裏には、こうした水仙の里の実際を目にされた思いをそのように表現されたのではなかったのでしょうか。