一緒に住む高校生の孫に輪をかけたように、小さい時から食べないドイツの孫です。ドイツでは子どもたちは、ステック状に切った生の人参や生のパプリカをおやつに食べるのだそうです。‘うさぎみたいだね’というと、ニッコリ笑って何も言わずその言葉を受け止めるちょっと大人っぽいしぐさに少し日本の子との違いを感じるのです。日本でもドイツでも孫が食べるものといえば、その人参に加え、越前の粉わかめ、梅干し、きゅうりの海苔巻き。それも促されて、促されて、最後には叱られないと食べないくらいなのです。いやはや食べることにはあまり関心がないようです。

 夏の畑は、ちょっと畑に行っても、体がかゆくなります。孫も日本に来てすぐに畑にスイカや野菜を取りに行ったのです。が、そこで蚊や虫に刺されてからは、畑に行っても、中にはあまり入らなくなりました。それでも枝豆、オクラは好きで、ご飯は食べなくても毎日のように食べているようでした。

 1年ぶりの帰国ですので、何か食べたい物は?と娘にメールすると、「今、フインランドです。‘たっくんは、たけのこご飯が食べたい’と言っています」と返事のメールが来ました。フインランド経由での帰国だというのです。それにしても‘たけのこご飯’?・・・。わかりました。  

 昨年母の実家で筍掘りをして、そのときに食べた筍のことを覚えていたのでしょう。体験したことと、そのときに食べたものとの思い出の、思いがけないつながりの深さに今更ながらに驚かされました。幸い、そのときの筍は、ゆがいて干して冷凍保存してありましたので、‘たけのこご飯’はすぐに作って食べさせることができ、お代わりして食べていたようです。

 そしてまだ小さいながら、もう一つは温泉に入ることだというのです。みんなで行った「健康の森の温泉」がきっと楽しく心に残っていたのでしょう。娘はそれにつけ加えて、海の見える温泉に皆で行って食事をしたいというのです。

 ドイツから、「みんなで1泊して、どこか温泉に行きたいから予約しておきたい」とメールが入ってはいたのです。しかし、あまり出かけることに乗り気でない私は、つまりのところ、日帰りでということになったのです。

 過去に行ったことのある温泉の候補地としていろいろと思い浮かんでくるのです。が・・・。お湯の良かったところといえば… ‘漁火’?

 長らく行っていないので、どのように行ったらよいのかもすっかり忘れていまっています。うろ覚えの道と、ナビを頼りに、みんなで繰り出しました。あまり計画性のない、行き当たりばったりのことが多く、しかも、取りかかりの遅い我が家族は、食事を先にしないと帰りが遅くなることに気づいて、食事をまず先にすることにしました。海岸ですから、魚料理です。娘はそれが食べたかったようですが、問題なのは食事にあまり関心のない2人の男の子の孫たちです。それでも彼らはメニューの中から「焼き魚コース」を選びました。よほどおなかがすいていたのでしょうか。

 奇跡的なことには、高校生の孫は、その20㎝はあろうかと思われる大きな鰺(あじ)の姿焼きを、ものの見事に実にきれいに食べたのです。こんなに丸ごときれいに魚を食べるのを見たのは初めてのことです。先ずは、こんなにきれいに食べることを知っていたのだと、皿にきれいな姿で残されているその骨をしみじみ眺めずにはいられなかったのです。

 そして、これまで、魚といえば、サケ以外の魚は食べないドイツの孫も、驚くことにその大きな魚の半身をきれいに食べたのです。

 後日、いろいろな魚を見せたいと思って、生魚専門の店に連れていきました。そこでも、鰺(あじ)を見つけ、食べるというので、買って帰り、姿焼きにしました。これも喜んで食べました。今度日本に来る時には、きっと、この鰺の姿焼きも食べたいメニューとして加わることになるかもしれません。

 その日の外湯で眺める夕日は、ことのほか美しく、娘はその光景に心から大満足のようでした。外国で暮らす身にとって何かと大変なことも多いことと思います。

 故郷のこうした光景に、身も心もどんなにいやされたことであったのかはいうまでもなかったようです。

 ドイツの孫にとって、今回の日本へ来る第一の目的であり、最大の楽しみは、「新幹線ロボ シンカリオン」を買って貰うことだというのです。私にはよくわからないのですが、新幹線からロボットに変形するおもちゃだそうです。

 確か2年ほど前に、近くのショッピングセンター「アピタ」で祖父に買ってもらったかした「北陸新幹線」に対する興味から始まったとおもわれるのです。ドイツには新幹線はないので、父親にネットで検索してもらうなどして、新幹線への興味や関心がさらに増し、その情報量の多さはすごいのです。

 それで、今回もその「アピタ」に行けば、すぐに入手できると大きな期待に胸膨らませてやってきたのです。ところが、その「アピタ」が閉店してもうないと誤報を伝えられたために、それまでの期待感が一気に崩れ落ち、その落胆ぶりに、周りの者は、笑いをこらえるのに必死だったという。

 でも誤報だとわかって、すぐにアピタに行ったのでしたが、目的のものはなく、その代替品で、その場は何とか納まったということであったのです。

 後日、別のおもちゃ屋さんに行って買って貰って、やっと念願を果たすことができたようです。

 それにしても、ドイツには日本のような繊細なおもちゃがあまりないのでしょうか。母親の用事が済むまでエンゼルランドで待つ間に、教えてもらって作った「魔法の宝箱」や、打ち合わせのために出かけた私について来て、運良く体験できた市の歴史博物館での‘まが玉づくり’や、狐橋の夏祭りで、ボールすくいなどでもらった小さなおもちゃの、どの一つも残さず、それは、それは大切に自分のリュックやトランクにいっぱい詰め込み、ドイツに持って帰ったのです。

 ドイツの地で育つ故なのか、その血のなせるわざなのか、小さい時から、自分のやりたいと思う目的行動に対しては、周りのどんな誘いにもぶれることのほとんどといってない子なのです。日本にいてもどこにも行かなくても朝から晩まで、一人ででもそれらのおもちゃで飽きもせず、すごい集中力で遊んでいるし、遊んでいたいというのです。今回の、母親に振り回されがちだった日本滞在で、母親がどこにもいかなければのことなのですが・・・。

 日本に来た時には日本語がうまくなってほしいという娘の強い思いもあって、ほとんど日本語での会話なのです。

 しかし、スカイプで父親と話すときには、解禁されて、この時ばかりに自由に使えるドイツ語で画面に食いつくように、日本での生活や、そんなたくさんのおもちゃのグッズの一つ一つを、詳細に伝えようとそのまだ天使のような柔らく透き通るようなキュートな声で全身全霊で報告しているのです。