【ゆるパブ】共働きが保証してきた幸せ、今は…

 「福井の共働き」をテーマに公募で集まった県民たちが語り合うトーク会「ゆるパブ・オフ会」。共働き率が高い理由について、参加者からは「それが普通だった」「両親もそうだったから」など当然のこととして捉えられていた。同時に家事の分配や待遇に対する不満も少なくなかった。許容と不満。このギャップは今に始まったことなのだろうか、それとも昔から心にしまい続けられてきたものなのだろうか。

【前回】福井の社会「夫にだって犠牲」

 「経済的な自由と精神的な自由のバランスが問題なのかなと思う」と話すのは鯖江市内の30代男性。「福井だけじゃなく日本全体でこれまでは経済的な豊かさが高かったから、精神的な制約に目をつぶることができたが、経済的な豊かさが下降してきていて、なぜ経済的にも精神的にも不自由じゃなきゃいけないのって。じゃあ、もっと自由でいさせてよってなってきたんだと思う」。

 福井市内の40代会社員男性は、福井県の世帯収入(世帯を構成する人々の年収の合計)が全国トップクラスであること、幸福度日本一であることを踏まえ、こう語った。「幸福度を語る時に世帯収入が高いこととか、可処分所得が東京以上にあるというデータが出てきた時に、みんなが幸せならばそこにフォーカスしてしまう。世帯で稼いで貯めて、子供の教育費に回して、ゆくゆくはマイホームを持って悠々自適な老後があると思ってて、上の世代もそうしているから、それが幸せだと思っていたけど。ところがどっこい、父親世代のときのような経済成長率はないし、給与が伸びない。社会保険料も増える。世帯の可処分所得が減っていく中で、自分たちの描いた幸せがこのままでは実現できないんじゃないのって思ったときに、本当に幸せってなんだろうと思い始めて、不満がどんどん出てきたんじゃないかと」。

 慶応大学准教授の若新雄純さん(若狭町出身)は「共働きを当然として受け入れ、それを我慢しているということに気付かなかった。我慢してきたことを我慢と思わず、これが理想だよねっていうことを信じてきたことによって幸せだったんじゃないか」と指摘。共働きは経済的理由であることに加え、それが追い求めるべき福井の幸せの形として“福井の常識”になっている点を強調した。続けて「そこに、『それがおかしいんじゃないか』『我慢しているんじゃないか』っていう価値観が入ると、同じ生活をしていても不満が増える。必ずしもそうしなくてもいいっていうことに気づき始めると、福井の幸福は良い意味で崩れるんじゃないか」とも。

【前々回】福井の共働き女性エプロンしない説

 いやいや夫婦2人とも働かないと生活が厳しいからに決まっているからじゃないかとも思う。だれも好きこのんでしているわけではないと。ただ、凄まじい時代の変化とともに、幸せをはかる物差しが変わってきているのも事実。自分はともかく、子どもたちが新しい幸せの形を見つけたときに、古い物差しで邪魔してしまわないよう“常識”にとらわれすぎないよう気を付けておくことも必要かと思った。皆さんの意見もぜひお聞かせください。

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