【越山若水】香港で続く大規模なデモや学生たちの授業ボイコットを受け、香港政府は「逃亡犯条例」改正案の完全撤回を表明した。抗議活動が長期化し、市民の圧力の前に一定の譲歩を迫られた形だ▼日本では、政府に対する大規模な抗議活動として安保闘争が思い浮かぶが、歴史上重要なのは江戸時代の農民が支配者に対して行った「百姓一揆」だ▼かつては、幕藩領主の過重な取り立てに苦しめられた百姓がやむを得ず蜂起したとされていた。しかし近年、こうした一揆像は見直されつつあるという。歴史研究者の共著「こんなに変わった歴史教科書」(新潮文庫)によると、百姓は、領主とは本来慈悲深く、凶作・飢饉(ききん)などの生活危機を取り除き、社会の安穏を保障する責務があると考えていた▼ところが責務を怠ったとき、再び救ってくれるように働きかけたのが一揆であった。したがって領主の打倒を目的としない。年貢減免やひどい役人の罷免など具体的な要求を認めてもらうための訴願だった。社会の共感を得るため武器で人を傷つけないなどの作法もあった。領主側も村を挙げての強訴を除き、直訴は適法と認めた。一揆の処罰は最小限にとどめた▼香港の混乱が収束に向かうかは不透明だ。百姓一揆とは状況こそ違うが、流血の事態は避けたいとの皆の思いは変わらない。香港の背後に控える中国政府は、さてどう出るか。

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