【越山若水】今年生誕140年を迎えた勝山市出身の書家西脇呉石(ごせき)。大正期に数多くの書道教科書を揮毫(きごう)し「手本の書家」とみられがちだ。しかし、戦後は日展や毎日書道展で活躍。「個性を出すのが書道の最終目標」と語り、書の芸術性を生涯追い求めた▼その業績を紹介する特別展が、勝山市の勝山城博物館で30日まで開かれている。呉石は福井県師範学校を卒業し、県立福井高等女学校教諭となった。国内随一の書家日下部鳴鶴(めいかく)の教えを受けて頭角を現し、東京に転居。戦後は「文化書道会」を立ち上げ、書道教育に力を注いだ▼呉石が「個性が出る」としたのは、意図して創り上げるものではなかった。手本をよく習えば消化して自分のものとなり、自然に自分の個性と調和する。すると「自分の学識や修養の程度にしたがって変わったものができる。各人それぞれに異なった特長が出る」。それを目指した▼自身は戦後盛んになった前衛書とは一線を画し、前時代の伝統的な書を貫き、長い時間をかけ自然に変化する作品を展覧会に出品し続けた。そこに書家の個性が鮮やかに表現されている▼このほど県が示した教育行政の指針となる教育大綱案は「一人一人の個性が輝く、ふくいの未来を担う人づくり」を基本理念に掲げ、個性重視を強く打ち出した。個性を発揮するにはどうすればよいのか、呉石の言葉はヒントになりそうだ。

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