【越山若水】チベット仏教の最高指導者で亡命中のダライ・ラマ法王が米国の大学で講演したとき、学生が次のような質問をした。「あなたは世界で一番絶望している人なのに、なぜそんなに元気で、幸せそうにしていられるのですか」▼法王はにこやかに返答した。「人間、悪い種を蒔(ま)くと、どこかで悪いことがある。でも良き種を蒔いていけば、必ず良きことが起こります。私たちはそのことを確信し、絶望のど真ん中にあっても、良き種を日々蒔いていく。その幸せに対して幸福になれるのです」▼チベットは中国の併合以前、鎖国政策を取っていた。世界の不幸など考えもせず、チベット人だけが幸せになればいいと思っていた。だから中国に侵攻されたとき誰も助けてくれなかった。その反省から今、仏教の教えを広め平和をもたらす活動を行っているという▼文化人類学者、上田紀行さんが「平成論」(NHK出版)で紹介した逸話である。この「良い種を蒔く」精神を実践するのが、日本が主導する「アフリカ開発会議(TICAD)」だろう。今後は「質の高いインフラ」投資で貧困や気候変動に苦しむ各国を支援する▼そこには巨額融資を武器に勢力を広げる中国への対抗心もある。確かにアフリカは「最後の巨大市場」だが、覇権を争う場所ではない。見返りに執着せず、真心の手を差し伸べる。それが「良い種」となる。

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