水しぶきを上げて刃物を研ぐ戸谷祐次=8月22日、福井県越前市のタケフナイフビレッジ

 越前打刃物職人の共同工房「タケフナイフビレッジ」(福井県越前市余川町)に2013年、1人の“シフォニスト”が訪ねてきた。「きれいにシフォンケーキの型抜きができるナイフを作ってほしい」。研師の戸谷祐次(43)=同市=は、シフォンケーキ作りに情熱を注ぐ人をプロアマ問わず、シフォニストと呼ぶことを初めて知った。

 ⇒若手職人が見つめる未来とは

 注文してきたのは、現在は福井市内でシフォンケーキ専門のカフェを営む渡辺洋(50)=越前町。一般的に型抜きで使われる製菓用ナイフはクリームを塗るためにも使われるもので、研ぎ澄まされた刃物ではない。工業デザイナーの大久保裕生(68)=越前市=を迎え、3人による商品開発が始まった。

 シフォンケーキはふわふわとした食感が生命線。どんなに上手に焼き上がっても、ドーナツ状の型の側面にナイフを入れる「型抜き」次第で出来栄えに大差が出る。見た目の美しさはもちろん、切れ味鋭く型抜きされたケーキの側面はスッと立ち上がる。よって型抜きを極めれば、ぎりぎりまで生地の柔らかさ、ふわふわ感を追求できるという。

 渡辺の理想を、大久保が図面に落とし込む。戸谷が試作品を何種類も作り、全国のシフォニストにアンケートを繰り返した。重さのバランスはどうか、指の置き場所はどこが適切か、女性の手のひらに合ったサイズ感とは。納得できる形まで3年を要した。

 完成したナイフ「Chiffon21(シフォン21)」は、研師の戸谷にとって神経を使う形状。一般的なナイフは刃渡りが緩くカーブしているのに対し、型抜きの際にケーキに均一に刃が当たるようまっすぐになっている。右利き、左利き用で刃の角度も違う。戸谷は「何回やっても気を使う。難しい仕事だけど、当たり前に同じものを作れてこそ職人」と向き合ってきた。

 大久保が立ち上げた伝統工芸品のブランド「クラシモンズ」の第一弾商品として販売開始。最初の1年は毎月2~3本しか売れなかったが、渡辺のインスタのフォロワーが千人を超えたころから風向きが変わった。「こんなに感動した製菓道具は生まれて初めて」「職人技が光る美しいデザイン」「私の一生の宝物」。ユーザーの声が拡散して注文が増え、用意した500本は昨年完売。今年6月から再販がスタートした。

 戸谷にとって、異業種との商品開発は初めての経験だった。シフォンケーキ専用ナイフというニッチな世界。「どこにニーズがあるか分からない。最初に売れないと決めつけないでよかった。時代を生き抜くには柔軟な姿勢、発想力が必要」と振り返る。

 越前打刃物は海外からの注文が増える一方、県外での認知度はまだまだ低いと戸谷は感じている。伝統を「守る」と「壊す」は同じ意味。「昔のままがいいと言っても、ニーズがない伝統工芸に未来はない。時代に合ったものを作っていきたい」(敬称略)

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 戸谷ら産地の若手職人が作り上げるフェスティバル「千年未来工藝祭」が8月31、9月1の両日、福井県の越前市AW―Iスポーツアリーナで開かれる。歴史ある技術で形を得て、今を生きる人間の情熱で命を吹き込まれる伝統工芸。工藝祭で触れることができる、千年未来につなげるための挑戦を紹介する。

 ⇒若手職人たちの挑戦(D刊)

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