【越山若水】小浜支社勤務時代、2階の事務所にいると時折、下から物音が。窓をのぞくと池田欣一先生が植え込みに水をやる姿。慌てて頭を下げに行くのだが「ええんや」と笑って手を止めなかった▼そんなことが度々あるうち、作業しながら何か考えをまとめているのかもと思い当たった。いつも動きながら先へ先へと思慮を巡らす人だったから。多くの記者が先生と慕った。拙稿でもそう呼びたい。拉致被害者を取り戻す運動に身をささげ今月、お盆に旅立った▼事務所で休んでもらっても話は常に拉致だった。「さあ、今度は何をやったらええか」。集会や陳情の予定がある時も、それが終わらないうちから次の取り組みを考え抜いていた。拉致を絶対に風化させない。その意志で自分はできているのだと言わんばかりだった▼難しい話になってもにこやかで、支社からの帰り際は全員と握手し、励まし、笑わせてくれた。とりわけ女子社員は皆、先生が来るとうれしがっていた。一度だけ厳しい表情を見たのは、拉致の会議のため小浜に来た中央の政治家が現場の海岸視察を断った時である▼通夜の席で、ご遺族から先生の座右の銘が紹介された。大意はこう。「人生で一番、嫌でつらいことにも、ほほ笑みをもって対処を」。優しくて強く、どこか「皆の父親」のような感じがあった先生の、まさに生きざまそのものの言葉だった。

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