ひとりきりで生きていくことを、自ら選び取るでもなく、それが当然のこととして生きている人間が、初めて「他者と暮らす」をやってみる。本作は、そんな小説だ。

 主人公は、前科アリの青年。父はなく、母からはネグレクトされながら育ち、高校生のときにいよいよ母が本格的に姿を消してからは、いくつかの悪さをしては居場所を変え、最終的には詐欺の「受け子」として逮捕され、懲役を終えて、外界に出てきた。

 紹介された仕事場は、イカの塩辛工場。紹介された住まいは、川沿いにある「ムコリッタ」という名のアパート。そこにはそれぞれに訳ありな親子や単身者やシングルマザーが住んでいる。

 主人公の、飢えの描写が真に迫っている。給料日を待ちに待って、なけなしの金で買ってきた米を炊くたびに、その匂いを嗅ぎつけて、部屋に押しかけてくるのは隣人の島田である。平気でおかわりとかをする。主人公が風呂に入ると、湯の音を聞きつけて、俺も入らせろとまた押しかけてくる。

 描かれているのは、社会的弱者の貧困である。職の定まらない島田はアパートの庭で育てた野菜で糊口をしのいでいる。「誰かと食べるごはんはおいしいね(ハートマーク)」などでは済まされない境地に、本作は触れようとしている……はずである。はずなのに、同じ貧困を生きているはずの島田は今日も元気に主人公宅へ食事をたかりに来るし、墓石屋の親子がささやかにすき焼きを始めると、アパート中の住人たちが部屋に押しかけては食い尽くす。この物語では、そんなデリカシーが美徳であるようだ。

 主人公の頑なな孤独は、すき焼き以降、少しずつ色を変える。ほとんど接点なく生きてきた父親の遺骨をめぐって、主人公の緊張が少しずつ和らいでいく。自分の過去ばかり掘っていた彼が、父の、つまり自分ではない誰かの人生に思いを馳せるようになる。また、島田が抱える悲しみにも触れて、心を重ねるようになる。

 友達がいるとかいないとか、自分は幸せだとか不幸だとか、従わざるを得ない、動かぬ「状況」の下に自分がいるのではない。すべて、自分の気の持ちようだ。あの人を友達だと思うか思わないか。今日の夕焼けを幸福だと思うか思わないか。世界は、今、この瞬間から、ひっくり返せるのである。

(講談社 1500円+税)=小川志津子

関連記事