ベスト4進出を逃し、引き揚げる仙台育英ナイン=甲子園

 高校野球の夏の甲子園は、生まれ故郷を意識する時期だ。

 私が生まれた宮城県の代表は、今年で101回を迎えた夏の甲子園で優勝したことがない。

 今年の仙台育英は、優勝の「可能性」を秘めたチームであることを予感させた。

 36歳の須江航監督は、2006年から仙台育英の付属校である秀光中等教育学校で野球部の監督を務め、全国優勝の経験がある。

 昨年1月に仙台育英の監督に就任した須江監督は、今年に入って戦略的な「新機軸」を打ち出している。

 複数の投手による継投。選手たちは、複数のポジションをこなす「ユーティリティー」であることが求められる。

 たとえば、背番号「1」をつけた大栄陽斗は三塁で先発し、試合途中からマウンドに上がるケースが多かった。

 選手が複数のポジションをこなせることで、須江監督の采配の幅が広がる。

 しかし、準々決勝の星稜(石川)との対戦では、選択肢の多さが「落とし穴」になった。

 この日、先発したのは1年生の伊藤樹。前日の敦賀気比戦からの連戦となり、ローテーション的に伊藤の順番だったということだろう。

 須江監督は「2回を抑えられれば〇(マル)」と伊藤を送り出したが、伊藤は2回に星稜の今井秀輔に満塁弾を打たれるなど、5失点でマウンドを大栄に譲った。

 既に、この時点でゲームは壊れ始めていた。ダグアウトの須江監督は、どんな思いだったのか。

 「勝つ難しさというより、流れの怖さを改めて感じました。主導権を取れれば良かったんですが、取れないとしても、伊藤が2、3点で抑えられればというところで満塁ホームランが出て、相手に流れが傾いてしまいました」

 結局、試合は星稜が17対1で勝利。須江監督の先発投手の選択、交代のタイミングが一歩遅かったことが、大差の試合になってしまったことは否めない。

 ただ、それでも須江監督の新機軸には魅力を感じる。

 選手の健康管理が重視されるようになり、大エースが一人で投げ抜く時代ではない。分厚い選手層を作り、監督がやり繰りしながら勝ち抜いていく。

 今回の敗退を受け、投手陣については、「あと二人くらい投手がいてもいいですね」と語る。

 甲子園はたった一つの判断ミス、そして選手のエラーが命取りになる難しい大会だ。

 豊富なアイディアをこれからどうやって形にしていくのか、興味深い。

 今年も負けてなお、体感したことがあったという。

 「去年は日本一になるということが、どういうことなのか、理解できなかったんです。今回も負け方が残念なので説得力がないかもしれませんが、今年は日本一への距離をつかみ、現在地を知ることができました。成長は早すぎても遅すぎてもいけませんが、今年の夏は『行きたい』と思った形まで来ることができたと思います。近い将来、必ず面白い野球で日本一を取るということが、具体的にイメージできました」

 新しい発想がどんな実を結ぶのか、楽しみに待つことにしたい。

生島 淳(いくしま・じゅん)プロフィル

1967年、宮城県気仙沼市生まれ。早大を卒業後広告代理店に勤務し、99年にスポーツライターとして独立。五輪、ラグビー、駅伝など国内外のスポーツを幅広く取材。米プロスポーツにも精通し、テレビ番組のキャスターも務める。黒田博樹ら元大リーガーの本の構成も手がけている。

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