74年ぶりに返還された父親の日章旗を見つめる石田さん=8月14日、福井県大野市役所

 太平洋戦争末期の1945年にインドネシアのビアク島ウンガンドで戦死した福井県大野市出身の石田五十三(いそぞう)さん=当時(31)=が所持していた日章旗が74年ぶりに米国のNPO法人などを通じ返還されたことを8月14日、遺族が明らかにした。石田さんの名前と地元名士らの寄せ書きが記されており、長男の治さん(78)=同市=は「これで父を身近に感じられる」としのんでいる。

 大野市遺族連合会によると、石田さんは43年12月ごろ出征、陸軍で物資の輸送などを担っていた。これまでに遺骨や遺品は見つかっていないという。

 日章旗を保管していたのは、米コロラド州在住のティム・マンさん。元米軍医の父親が戦地から持ち帰ったものを譲り受けた。遺品の返還活動をしているNPO法人「OBON(オボン)ソサエティ」から日本遺族会に連絡があり、大野市遺族連合会が調査。遺族の要望を受け、7月31日に返還された。

 日章旗は縦約70センチ、横約1メートルで、木製の板に張り付けた状態で届けられた。染みや破れている箇所もあるが「義勇奉公」「祈武運長久」などの文字や、当時の市会議員や親族らと思われる13人の署名がはっきりと分かる。

 五十三さんが戦死した当時、治さんは3歳。母ふさこさんが女手一つで育てた。父親のことは多く語らなかったが、仏壇に向かい毎朝熱心に手を合わせていたという。

 ふさこさんは13年前、85歳で亡くなった。治さんは日章旗を前に「きれいに保存してもらい、心から感謝している」と話しながら、「もう少し早ければ、もっと喜んでくれた人がいたのに」と声を詰まらせた。

 マンさんは日章旗返還に合わせてコメントを寄せ「長い年月が経過してしまい申し訳ない。旗の返還で、皆さまに安らぎがもたらされるようお祈りしている」と記した。

 日章旗は22日に同市城町の学びの里めいりんで行われる大野市戦没者追悼式で展示される。

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