【越山若水】白い布に千人の女性が赤い糸で1人1針ずつ縫って玉どめした千人針腹巻きが、いま福井市立郷土歴史博物館で展示されている。戦争のつらい記憶を伝える物言わぬ“証人”だ▼日露戦争のころから、出征兵士に千人針を贈る風習が始まった。日中戦争で盛んになり、太平洋戦争末期まで行われた。この布を身に付けると弾よけになるとされ、無事生還をとの女性たちの願いが込められた▼「女性の持つ呪力『妹(いも)の力』への信仰が、その根底にあったといわれています」と同博物館の松村知也学芸員は話す。「虎(とら)は千里を行き千里を帰る」との故事に基づき、寅(とら)年生まれの女性は年齢の数だけ縫うことができた▼街頭で通行中の女性に協力を求める光景が全国各地で見られた。福井市の小林きよ子さん(90)は、県立福井高等女学校3年生の時、兄が南方戦線に向かうことになり、福屋(大和)百貨店の前に立った。「赤い糸のスペアを何本も用意しておき、苦戦(九銭)越えるようにと、十銭硬貨も縫い付けました」と振り返る。兄は1年後に帰国できた▼千人の女性の目が付いた千人針は、男たちを奮い立たせ戦地に送り出す働きもあったとの見方がある。終戦後、千人針の風習は消えた。だが、自衛隊イラク派遣の際、出動する自衛隊員に千人針が贈られたことがあったという。千人針を縫わずにすむ日が来ることを願いたい。

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