ECHLでプレーする平野裕志朗選手(本人提供)

 プロバスケットボールNBAでドラフト1位指名を受けた八村塁や、ゴルフのAIG全英女子オープンで日本勢42年ぶりの優勝を果たした渋野日向子ら次々にスターが誕生している日本スポーツ界。

 その晴れ姿に刺激を受け、「次は自分が」と意気込むアスリートはたくさんいるだろう。

 アイスホッケーの最高峰NHLを目指して米国で奮闘している平野裕志朗もその一人だ。

 昨季、3部に位置するECHLのネイラーズでチーム2位の57ポイント(19ゴール、38アシスト)をマークし、シーズン終盤には2部相当のAHLのペンギンズに昇格した。

 8月7日には新シーズンの契約を結び、着実にステップアップしている。

 ただ、突き動かしているのは自らの名声だけではなく、競技の未来だ。

 年俸3000万円以上が保証され、中には10億円以上を稼ぐ選手もいるNHLに対して、ECHLの新人の報酬は1週間約6万円が最高だったという。

 契約は1週間単位で更新され、トレードや解雇を宣告される「月曜日の電話は危ない」というのは選手の共通認識だ。

 3LDKの部屋で3人暮らしをしていたが、練習から帰ってきたら同居人がいなくなっていることを何度も経験し「家族を失ったようなつらさをすごく感じて、でもそれは他人ごとではなく、毎日毎日が不安だった」と話す。

 時には片道14時間の長旅になる遠征では、もっぱら3段ベッドが左右に設置された大型バスを使用する。

 ただ、ベッドと選手の数がなぜか合わない。憂き目に遭うのはルーキーたちだ。平野を含めたルーキーはクレジットカードを持ち寄って、くじ引き。負ければ、真ん中の通路にストレッチマットを敷いて寝るはめになる。

 幸い、最悪の事態は回避できたようだが、試合で自分の力を発揮すればいいだけの恵まれた環境ではないことは容易に想像できた。

 8月18日には24歳となり、日本代表ではエース格。アジア・リーグのチームでプレーすれば、待遇は保証されている。なぜ、あえて過酷な環境に身を投じるのか。

 きっかけはある日の地元紙の紙面だったという。

 北海道・白樺学園高3年で臨んだ全国高校総合体育大会で2連覇を達成したが、翌日、楽しみに広げた新聞に大きく取り上げられたのは駒大苫小牧高の選抜高校野球大会出場決定を伝えるニュースだった。

 「駒大苫小牧のことが1面ででっかく取り上げられ、自分たちは新聞の中面で扱いも小さかった。それが悔しくて、その時こういう状況を変えていきたいと思った。その後も積み重ねてきた悔しさが原動力になっているんです」と語気を強めた。

 今年3月に日本製紙クレインズが約70年の歴史に幕を下ろすなど、チーム運営を支えてきた企業の撤退が続く中、日本でアイスホッケーを取り巻く状況は厳しい。

 五輪も男子は開催国枠で出場した1998年長野大会以降、遠ざかっている。

 現状打破へ、自らがNHL選手として活躍し、注目を浴びる広告塔になるという使命感を胸に宿す。

 昨年9月に渡米した際、ある国際空港で乗り継ぎで困っていた日本人の男性に声を掛けると、米大リーグ、アナハイム・エンゼルスの大谷翔平を応援に行く途中だったそうで「聞いているこっちも興奮させられるような勢いで話してくれた。こういう風に応援してくれる日本人が来てくれるようになったらいいなって、そうなりたいなってすごく感じた」。

 海の向こうから「NHL昇格」のニュースが届くのを心待ちにしている。

藤原 慎也(ふじわら・しんや)プロフィル

全国紙の記者を経て、2014年共同通信入社。名古屋運動部でプロ野球中日、フィギュアスケートを取材。16年12月から本社運動部でフィギュアスケート、体操、テニスなどを担当。大阪府出身。

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