【越山若水】「画風の影響は受けていないが生きざまを学びました」。漫画家水木しげるさんについて、アシスタントを務めたことがある越前市出身の劇画家池上遼一さん(75)が講演会で語った▼池上さんは「男組」「HEAT―灼熱―」などの作品で知られ、国内外に多くのファンを持つ。画業を振り返る展覧会が、越前市武生公会堂記念館で開かれている▼中学卒業後、看板屋の仕事をしながら漫画を描いていた。漫画誌「ガロ」に掲載された作品が水木さんの目にとまり、20代の初め2年ほどアシスタントをした。その頃、水木さんから度々聞いたのが「無為に過ごす」という言葉。「鬼太郎」のヒットで多忙を極めていた水木さんは、半紙にこの言葉を書いて壁に貼っていた▼水木さんは戦時中、ラバウルでの爆撃で左腕を失った。だが現地の住民と親しくなり、世話を受け回復した。バナナなど食料が豊富で、現地人は1日3時間も働けば暮らしてゆけた。厳しい軍隊生活と比べると「天国」だ。時間に追われず、無理して働かない生活こそ幸せと感じた▼ただ、26年後に現地を訪ねると、住民は金を得るためよく働き、のどかな生活は消えていた。南方の楽園の夢がしぼむにつれ、妖怪や死後の世界への関心は強まった。心安らぐ世界、幸福とは何かを問い続けた水木作品。水木さんの「重い言葉」(池上さん)は、今なお新鮮だ。

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