山頂の近くでは倒壊した灯籠が火山灰に埋もれたままになっていた=8月1日、長野・岐阜県境の御嶽山

 58人が死亡、5人が行方不明となった2014年9月27日の御嶽山(長野・岐阜、3067メートル)の噴火から間もなく5年を迎える。この間、18年1月に草津白根山の本白根山(群馬、2171メートル)で1人が犠牲になる噴火が発生、今月7日にも浅間山(長野・群馬、2568メートル)が噴火した。8月11日は山の日。戦後最悪の噴火災害となった御嶽山の現場を訪ね、活火山を登る際の安全対策を考えた。

 山頂の剣ケ峰に、さわやかな青空が広がった。7月31日と8月1日の2日間、今年、夏山シーズン通して山頂付近の立ち入り規制が解除された御嶽山を訪れた。

 初日に約5時間歩き、2日目は9合目の山小屋を午前6時半ごろに出発。噴火後、辺りは火山灰に埋もれていたはずだが、頂上まで約450メートルの地点まで来ても登山道に灰はほとんど残っていない。「御嶽山は活火山です。頂上での滞留時間は短くして下山を開始してください」などと警告する看板がいくつもあった。

 信仰の山とあって、早朝から白装束の信者が列をなしていた。一般の登山者も多かった。他の山と大きく違っていたのは、全ての登山者がヘルメットを着用するか、携えていることだった。

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 長野県木曽町が昨年3月にまとめた「御嶽山噴火災害活動記録誌」などによると、噴火のあった14年9月27日も、青空が広がっていた。8合目付近は紅葉が見頃。剣ケ峰には、ゆっくり昼食を取ろうと100人以上の登山者がいた。

 午前11時52分。のどかな一日が一気に暗転した。

 大きな音とともに突然吹き出した噴煙が、あっという間に辺りを覆う。山頂付近は身を隠す逃げ場が少なく、暗闇の中、熱風と火山灰が登山者を襲った。1分後、頭上から10センチ以上の噴石が時速300キロで降ってきた。大きい噴石は40センチ以上あった。

 犠牲者58人のうち、33人が山頂付近で命を落とした。死因のほとんどは噴石などの外傷による「損傷死」だった。

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 頂上直下に、木曽町が整備した厚さ20センチのコンクリート製のシェルターが3基並んでいた。1基当たり約30人の収容が可能で、噴石から身を守ることができる。その横に「安らかに」と刻まれた噴火災害犠牲者の慰霊碑があった。

 100段近くあるという石の階段が最後の“難所”。頂上にたどり着くと、30年に一度の建て替えで真新しくなった御嶽神社奥社の本殿が目に入った。

 同じ場所から、倒壊した灯籠や標柱が火山灰に埋もれたままになっているのが見えた。今なお解体作業中の山荘もあった。日本一高い高山湖「二ノ池」(2905メートル)は、どろどろになった火山灰で約8割が埋まっていた。爪痕は今もあちこちに残っていた。

 噴火1カ月前の14年8月以来、5年ぶりに登頂した大野市の男性(69)は、「二ノ池」の周囲の草木がこげたままなのを見て「ここが災害現場であることを実感した」と話す。「山小屋でヘルメットを枕元に置いたり、道中は有毒ガスに気を付けたり、登山を楽しむには最低限、こうした心構えが必要」と語った。

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