【越山若水】かなわないが、ある韓国人女性に会いたくなった。高浜町の国際交流員を8年間務め、4年前に病気のため49歳で亡くなった朴榮先(パクヨンソン)さんだ。日韓友好、とりわけ民間交流を続けることの大切さを訴え続けていた▼朴さんは、町と友好都市提携している保寧(ボリョン)市出身。同市の音楽祭に参加した高浜町民バンドとの出会いがきっかけで、町を訪れた。国際交流員として韓国語講座や料理教室を開き、小学生の相互訪問に尽力した▼私費を投じて町内の空き家を改修し、民間の交流施設を開設。韓服など伝統文化を伝えたり、音楽の指導をしたりと、日韓交流の懸け橋となった▼夫を韓国に残し、娘を連れ40歳すぎの来日だった。その理由について子どものころ聞いた父の体験談を語っていた。父は戦時中、徴用で兵庫県姫路市にいた。終戦で帰国したが、日本で出会い、泣いて別れた優しい日本人が忘れられなかった。この話が心を動かした▼朴さんは町民らの大正琴グループが出演する音楽祭を保寧市で企画。竹島問題で日韓関係がこじれ、市が開催を中止した年も民間レベルで演奏会を開いた。いま、元徴用工問題や対韓輸出規制強化などで両国の関係が悪化。影響が広がる中、高浜小は安全上の理由で児童が同市を訪れる事業の中止を決めた。朴さんが種をまき、町民とともに育ててきた交流の芽が摘まれないよう、祈るばかりだ。

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