【越山若水】万葉集には、セミを詠んだ歌が10首ある。例えば「ひぐらしは 時と鳴けども 片恋に たわや女(め)我(あ)れは 時わかず泣く」(作者不明)。毎日泣き続けて男性を待つ女性の歌だ。越前市味真野地区にある資料館「万葉館」で紹介している▼新元号「令和」が万葉集から引用され関心が高まっている。「万葉の里味真野苑」と苑内の資料館への来館者が急増し、6月は昨年の4倍近い約4千人が訪れた。7月も関西や中京からのツアーバスが続々到着している▼味真野は、ここに流罪となった中臣(なかとみの)宅守(やかもり)と都に住む妻・狭野(さのの)弟上(おとがみの)娘子(おとめ)が交わした悲恋の歌の舞台だ。万葉集には2人の歌が63首収められ、味真野苑には相聞歌碑がある。ハスなど万葉ゆかりの植物も楽しめる▼歌碑には、味真野へ流される夫の長い道のりを焼き滅ぼしたいと詠んだ娘子の歌が刻まれている。万葉集に詳しい元立命館大教授の真下(ましも)厚さんは「万葉の歌の中でも情熱的で激しさは群を抜いたもの。古来、名歌として高く評価されている」と語る▼この歌物語の地にちなみ、「あなたを想う恋のうた」と題した短歌コンクールが毎年行われている。昨年の最優秀賞は土居健悟さん(愛知県)の「君と行く全ての場所が思い出に変わる 例えば自転車置場」。時代は変わろうと人を恋い慕う切ない思いは変わらない。万葉集は、現代人の心のふるさとであり続ける。

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