【越山若水】かなり専門的な言葉だが、社会心理学に「多元的無知」という用語がある。自分一人がほかの人と考えが違うのではないかと不安になり、周囲に同調してしまうことを指すらしい▼分かりやすい事例として、多くの書物が取り上げるのが誰もが知っているあの童話、アンデルセンの「裸の王様」である。王様の下に2人の仕立屋がやって来た。彼らは「愚か者やバカには見えない不思議な布地が織れます」と熱心に勧誘。王様は大喜びで注文した▼出来上がったはいいが、王様には衣装が見えない。とはいえ家来たちの手前、そのまま服を羽織って街を行進する。その姿を見た家来も見物人も内心「裸だ」と思いつつ、愚か者と見なされないよう黙っている。そのとき小さい子どもが叫んだ。「王様は裸だよ!」▼こうした大人の行動が「多元的無知」という社会現象である。バカげたことと分かっていても、万が一を考えて空気を読んでしまう。思えば、世間をあきれさせた「かんぽ生命保険」の不正販売も同じ構図だろう。強引な勧誘や顧客に不利益な契約は9万件を超えた▼その背景には職員への過大なノルマがあった。法令違反や営業マニュアル違反と知りながら、組織的な締め付けで声も出せず、不正に手を染めたとみられる。今となっては、異様な経営体質が洗いざらい明かされた日本郵便こそ「裸の王様」に見える。

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