【論説】ハンセン病患者の隔離政策による家族への差別被害を認めた訴訟判決を巡り、安倍晋三首相は控訴しないと表明した。首相は「筆舌に尽くしがたい経験をされた家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と述べている。政府は救済の道筋を早急に示す必要がある。

 先月28日の熊本地裁判決は「隔離政策などにより、患者の家族が大多数の国民による偏見差別を受ける一種の社会構造を形成し、差別被害を発生させた」と指摘。さらに「隔離などにより、家族間の交流を阻み、家族関係の形成の阻害を生じさせた」と家族の被害を認定した。具体的な被害として「結婚差別」「就労拒否」「就学拒否や村八分」などを挙げた。

 旧厚生省が遅くとも1960年の時点で隔離政策を廃止しなかったことや、国会が96年まで隔離政策の根拠となった「らい予防法」を廃止しなかったことなど、国が差別・偏見を取り除く措置を取らなかったのを違法と判断した。時効で賠償請求権が消滅していたとする国の主張も退けた。

 ハンセン病を巡り、母親が患者だった鳥取市在住の男性が起こした訴訟では一審鳥取地裁、二審広島高裁松江支部とも請求を退けた。男性は最高裁に上告している。それだけに今回の控訴断念は極めて異例といえるだろう。

 確かに政権内に他の訴訟への影響などから「控訴すべき」との声はあったはずだ。朝日新聞が9日付朝刊の1面に「ハンセン病家族訴訟 国控訴へ」の記事を掲載。「国側の責任を広く認めた判決は受け入れられない」と政府関係者が明らかにしたとしている。

 首相に控訴を断念させた理由の最たるものは、21日に投開票される参院選への影響だろう。控訴すれば、選挙戦のさなかに人権問題で批判にさらされることは明らかであり、与党の受けるダメージは大きい。ただ首相は明確に謝罪の言葉は述べていない。判決を受け入れた以上は真摯(しんし)に謝罪と救済に取り組むべきだ。

 熊本地裁判決は、原告561人のうち、身内が元患者だと知ったのが最近だったといった理由で20人の請求を棄却したが、541人に関しては1人当たり33万~143万円の賠償を命じている。原告側の弁護団によると、提訴していない元患者の家族も多数いるとみられる。そうした実態の把握にも努める必要がある。

 課題は少なくないものの、ハンセン病問題の全面解決に一歩近づいたことは間違いない。政府は今後、判決に対する見解や控訴断念の理由について、政府声明として公表するとしているが、国策による重大な人権侵害に正面から向き合う姿勢が欠かせない。

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