大川晴菜さんコラム

 世間から注目を集める「引きこもり」。そう呼ばれる人たちは、非生産的な存在として語れ、時には犯罪と結び付けて語られることもある。しかし、あらためて考えたいのは引きこもることの意味だ。今回の「ゆるパブコラム」では、不登校を経験し現在は司会、パーソナリティとして活躍する大川晴菜さんに自らの経験を踏まえ、その意味について語ってもらった。

  ×  ×  ×

中学2年の秋。
本来私のためになっているはずの学校のチャイムを聞きながら、私は引きこもっていた。
授業、休み時間、給食…。私は決められたことが苦手だった。
大人になっていく同級生と、人の言われたこともできない自分。大嫌いだ。
一歩外に出れば、どこからか聞こえる囁き声や怒鳴り声、笑い声さえも自分に向けられたものに感じ、怖くてたまらなかった。
放課後になると聞こえてくる吹奏楽部の管楽器。
その音が、今日も学校に行けなかったという罪悪感を駆り立て、又は一日が終わるという安心感をくれた。

こうなり始めたのは2年生の夏休み明け。
朝、ベッドの中でふとクラスメイトの楽しそうな姿と独りぼっちの自分を思い出した。
怖くて体が動かなかった。見たくない、行きたくない。
でももし学校に行かなければ、軽蔑され、嫌われる気がする。
なぜなら、私自身に不登校生を厭う心があったからだ。
私は、自分で自分自身を追い詰めていたのだ。死にたい。それでも惨めな自分はいろんな人の記憶に残ってしまう。なら、消えてしまいたい。
そんな風に学校に行かなければという気持ちと反比例するように、心のエネルギーは無くなっていった。
そしてついに、正当な理由もないまま学校を休んだ。
許せない自分を、母は許してくれた。

__さて、高校を卒業し私は今、18歳。
ステージMCやラジオパーソナリティ、歌い手として活動している。
そんな私が、私として最善を生きていくための秘訣。
それは“引きこもる”ことだ。

引きこもりについて詳しく調べると、「社会との交流を持たない期間が6か月以上続くこと」とあるが、私の言う引きこもりは6か月も続かない。1週間~2週間程度の引きこもりだ。なので、ここではミニ引きこもりと呼ぶことにする。

ミニ引きこもりが秘訣とはどういうことか。
上述したように、実は今でも、死にたい、消えたいと強烈に思う時期が2か月に1回ほどある。その時は自分のMCも歌も悪いところしか目につかず、自分に自信がなくなる。
そんなときにミニ引きこもりが必要なのだ。
人よりおそらく「心のエネルギーキャパシティ」が小さい私は、すぐにエネルギー残量が枯渇してしまう。
そこで、私なりに寝たり、食べたり、絵を描いたり、歌ったりと、些細な欲求を“丁寧”に満たすのだ。そして、また心のエネルギーを蓄える。
戦いの途中で海に帰り力を蓄えて戻ってくる怪獣の様。

このエネルギーのキャパシティだが、とっても大きい人もいたり、私より小さいひともいたり、人それぞれ。蓄え方も、その期間も、人それぞれだ。
私にとって、活動することは「エネルギーの放出」であり「アウトプット」であり「実験」である。引きこもりは「エネルギーチャージ」であり「インプット」であり「分析」なのだ。

中学2年の秋。
もしあの時、思い切って休むことが出来ていなかったら…私はどうなっていたかわからない。
思う存分、寝て、食べて__。
そして、心から好きなことで楽しむ人の笑顔をたくさん見た。

自分自身のキャパシティと、その消費スピード。
それらを把握して、「休むこと」と「逃げること」。
自分をコントロールできる生き方に胸を張っていいと、私は思う。

  ×  ×  ×

 川崎殺傷事件や元農水次官の長男刺殺事件を受け、ゆるパブコラムでは3回にわたって、「引きこもり」特集を実施。実際に引きこもり、不登校を経験した方やフリースクールの運営者の方のコラムを掲載しました。

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