旅先で立ち寄った小さな書店で、本書を手に取った。静かな店だったが、この表紙を眺めていると「いいですよ、その本」という声がした。顔をあげると目の前の女性が「ミシマ社から出ているミリさんの本は、ほかよりも少し、飾っていない感じがしませんか」と微笑んだ。

 店主だという彼女は、寡黙そうな印象とは裏腹に、置いている本一冊一冊にかなりの想いを持っているようだった。その彼女が「いいんですよ、とっても」と薦めるものだから、旅行中なのに、なのに現時点ですでに二冊が鞄の中に入っているのに(なぜだ)、重いのに、三冊目として迎え入れてしまった。ここで買いたいと思ってしまった。

 益田ミリの新刊は、朝日新聞の連載「オトナになった女子たちへ」に加筆、修正したエッセーと、書き下ろしが収録されている。「しりとり散歩」から始まると、書名の通り、ほ「『ほんと。全部が夢みたい』」、い「一キロダイエット」、と「トウモロコシの記憶」……というように、タイトルがしりとりになって続いていく。

 バーに行った日のこと、映画を見に行った日のこと、函館で「いか踊り」なるものをした日のこと、見栄を張ってサイズの合わない水着を着て、摩擦で股間が痒くなったこと、子供の頃の宿題の思い出、喫茶店でアップルパイとハイボールを頼んだこと、父のいない父の日のこと……。

 フンワリした書名だが、ひどく傷ついた日のことも、心がささくれだった日のことも、いか踊りと等しく描かれている。

 「許せない、ということについて考える」「空がなかったら、どこを見たらいいんだろう?『空があってよかった』と、思うときもある」「今日、うまれた感情が宇宙だとしたなら、日記とは、そのうちの、ひとつふたつの惑星を撮影して見せているだけということになる」……。

 決して明るい話だけではないのに、読後には不思議と温かい気持ちになる。それは語り口の柔らさかと、端々に散りばめられた微笑ましいエピソードの数々によるのかもしれない。だがそれ以上に思うのは、どんな感情も否定したくないという著者の、覚悟に似た寛容さを感じるからではないか、ということ。傷つき、怒り、途方に暮れた日々を、イカになって踊った夜やブラジャーの話題で大爆笑した夜、「チョコレートタルトの再構築ってなんやねん」と突っ込んだ夜(←とは書いてなかったけど、行間の端々から滲み出る突っ込みたい感)、そんな楽しい思い出と同じように、どの感情も大事にしているように思うのだ。だから私は、文字を目で追いながら、許されたみたいな気持ちになったのかもしれない。

(ミシマ社 1500円+税)=アリー・マントワネット

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