がんになり、夫と別れた明美さん(仮名)。「愛犬と散歩するのが楽しみ」と話す=4月、福井県福井市

 2018年、妻が乳がんと診断された福井県の義彦さん(50)=仮名=は、手術の2週間ほど前になり、2人の子どもに病気を告げることにした。

 誕生日など記念日には、自宅で手巻きずしを食べるのが習慣。その日もそうした。子どもたちは「何の日?」と不思議がった。食事の途中、義彦さんは「実はお母さんは…」と切り出した。息子はおえつが漏れないように、すしを口に押し込んだまま、黙って聞いていた。目から涙がこぼれていた。

 手術、抗がん剤、放射線治療、高額なウイッグ(医療用かつら)…。出費はかさんだ。「今月は赤字やな」。そんな夫婦の会話を聞いていたのか、息子が突然「きょう、部活をやめてきた」と言った。遠征などでお金がかかるからだ。義彦さんは「取り消してこい」と怒鳴った。結局退部はしなかったが、「子どもなりにいろいろ考えていたんだろう」と振り返る。

 検診が近づくたび妻は「(再発していたら)どうしよう。死んだらどうしよう」と不安がる。義彦さんは「またウイッグ使えばいいやろ」と、軽い調子で答える。妻の病気は大きな出来事だったが、だからこそ変わらぬ日常を心掛けている。本人の口から聞いたことはないが、周りからは「(妻は義彦さんに)感謝してるみたいだよ」と言われる。

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 がんになると、家族関係に変化が生じるとの指摘は多く、関係がこじれるケースもある。

 県内の70代の明美さん=仮名=は数年前の抗がん剤の治療中、副作用で体調が悪くなり、自宅で吐くことが何度もあった。夫が背中をさすってくれることはなかった。そして「汚い」と言われた。

 医師から病状や治療の説明を聞くときも付き添ってくれなかった。理由は「恐ろしかったから」。とてもじゃないが、納得できなかった。「病気になると、人は本性が出る」と明美さん。闘病中だったが、自らの意思で離婚した。

 現在は愛犬と一緒にマンション暮らし。どの部屋にも表札に名前はなく、どんな人が住んでいるのか分からない。回覧板もなく、地域住民との交流はほとんどない。

 孤独を感じることもあるが、寂しいときは、手作りの服を着せた愛犬と近くを散歩する。「恋人兼家族の愛犬の存在は大きい」と感謝する。

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 がん患者約3千人と面談してきた順天堂大名誉教授の樋野興夫さん(65)は「がんになると、ささいな言葉でも傷つく。患者の悩みは人間関係が大部分を占めている」と指摘。「職場に関する悩みは減ってきているが、家族に関する悩みは一向に減らない」と話す。

 妻ががんの場合に多いのは「冷たい夫」で、家事が満足にできなくなった妻に不満をあらわにする。夫が患者の場合によくみられる「おせっかいな妻」は、がんに効くといわれる食事や健康法などを無理強いし辟易(へきえき)させる。

 福井県済生会病院・がん相談支援センター看護師長の河内康恵さん(47)は「当事者が思いをきちんと伝えなければ、身近な存在である家族でも思いを察するのは難しい」とした上で「患者同士が交流するサロンの取り組みが県内の病院でも広がっている。お互いの悩みを打ち明けることで、少しでも解消につなげてほしい」と話している。

⇒がん社会に焦点、連載「ふくいを生きる」を読む(D刊)

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