【論説】重さの単位キログラムの定義が5月、130年ぶりに変更された。国際協力による改定作業は多くの困難を伴ったが、支えたのは日本の科学技術。重さそのものは変わらないものの、これまでの国際キログラム原器に代わって、原子レベルの物質計測などを元に1キロを定義する方法が誕生した。

 日本から改定作業に加わったのは、国立研究開発法人・産業技術総合研究所(産総研)。前身組織の時代から半世紀近くにわたり、関連技術開発を継続してきたことが奏功した。世界に貢献した今回の成果には、息長く研究に打ち込める環境の大切さを改めて痛感する。

 ■40年の蓄積■

 単位の定義は時代とともに移り変わっている。例えば、長さの定義はメートル原器から、1960年に光の波長を元にした方法に変更された。さらに83年からは光速度などが用いられている。

 国際キログラム原器は、分銅のような金属の塊で、パリ郊外に保管されている。表面の汚れによる、ごくわずかな重さのずれが約30年前に指摘され、定義の改定に迫られていた。2011年に国際度量衡総会が、改定を目指すと正式に決議した。

 産総研は、これまでの研究の流れをホームページで公開している。キログラム原器よりも正確に1キロを定義するには、特定の物理定数(プランク定数)を導かないといけない。作業は複雑、膨大だが、2通りのアプローチに世界各国が手分けして取り組んだ。

 産総研が参加したのは、物質の原子の数を正確に測る研究。産総研はこの分野の技術開発では、40年以上の蓄積があった。

 ■名を刻む■

 原子の計測にはシリコンの結晶が使われる。自然界のシリコンはそのままでは使えないため、純度の高いシリコン結晶の球体をつくる必要があった。こうした課題克服に向けては、各国が得意分野で連携した。ロシア、ドイツ、オーストラリアなどである。

 ただ、肝心の原子の数の測定では脱落した研究機関も多かった。必要な測定技術を確保できたのは日本とドイツのみという。

 最終的に日本は物理定数を決める重要な八つのデータの半数に貢献。基準改定の最終論文に産総研の名が、日本の研究機関で初めて記された。産総研は「継続力のたまもの」と誇っている。

 ■「たわ言」から最先端■

 しかし、優れた科学技術の力量を、日本はいつまで示すことができるだろうか。

 300億年で誤差1秒相当の精度という「光格子時計」を発明した香取秀俊東京大教授は、2001年に初めて概念を発表したときの国際的な反応について「若者のたわ言と思われたようだ」と語ったことがある。その時点では研究の価値が誰も分からなかった。

 だからといって、そこで研究が止まっていたら、光格子時計が時間の国際単位基準の次の候補に挙がることも、香取教授がノーベル賞候補に目されることもなかった。

 科学技術は先進的であればあるほど、意義がすぐには見えないことが多い。ところがそうした研究について、日本の国立大学は力を注ぐことができる体制でなくなっている。

 大学改革の名の下、政府が予算配分において目先の実績評価にはしっているからである。多様な研究を幅広く支える発想に、一刻も早く立ち返らないといけない。

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