【論説】有識者20人余りが十数回にわたって議論してきた報告書を政府は「不正確で、誤解を与えるもの」と切り捨て、さらには正式な報告書として受け取らずに無かったものにするという。

 それは「年金だけでは95歳まで生きるには夫婦で2千万円が不足する」との試算が的を射た指摘だったからにほかならない。資産を持つ富裕世帯が多くあることも事実だし、老後設計は多種多様に及ぶ。一方で、国民年金受給者は月額数万円のレベルにあり、中には無年金の人も多く存在する。

 そうした日々の生活にも困窮する人たちを救うのが政治であり、国民により豊かな老後を保障するのも政治の役割だ。参院選に影響するからと、実態から目をそらし逃げる姿勢では、ますます国民不安を増幅させることを肝に銘じるべきだろう。

 安倍晋三首相は10日の参院決算委員会で野党から「(2004年の年金改革の)『100年安心』はうそだったのか」と追及され「うそではない」と説明。マクロ経済スライドなど制度面に触れたが、保険料を払う現役世代の減少に応じて高齢者への給付を抑制していくものであり、制度自体の維持を図る仕組みだ。

 制度は100年安心かもしれないが、老後を生きる国民の安心にはつながらない。現在は現役世代の平均的な収入に対し年金支給額は6割程度。それが少子高齢化の進展により、約束された5割を切る可能性も否定できない。現役世代は2千万円どころか、倍以上の蓄えが必要になるとの指摘もある。

 安倍政権は少子化を「国難」と称して幼児教育の無償化・子育て支援にかじを切った。さらには将来の低年金・無年金層を生まないために、就職氷河期世代の正社員化などのてこ入れにも動いている。実態を知った上での対策だろうが、長期政権としては遅きに失したと言わざるを得ない。

 報告書は人生100年時代に備え資産形成や管理が重要だと呼び掛ける内容だ。政府が年金など公助の限界を認めたとも受け取れるが、現状では自助は至極妥当なものではないか。それを「冒頭の一部、目を通した」だけの麻生太郎副総理兼金融担当相に論じる資格はあるのか。

 加えて、5年に1度、年金財政の健全性をチェックする「財政検証」の公表を参院選後に先送りする可能性も指摘されている。「消えた年金問題」をきっかけに第1次安倍内閣が退場を余儀なくされたトラウマがあるためだろう。

 選挙に勝つためには都合の悪いことは隠す、そんな政権の姿をわれわれはこれまで度々見せつけられてきた。改めて真摯(しんし)に向き合えという以外にない。

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