◆暖かな春になって

 やっと暖かな春になったと思える4月下旬の頃だったのでしょうか。今年も家の前の電線にとまって、1羽のツバメがしきりにさえずり始めました。ピ―チュクル チュクルチュクル ピーチュクル チュクルチュクル チュクルチュクル ジーとしきりにさえずっています。

 寒い寒いと思っていたのですが、ああもう燕が戻って来ている季節なのです。ツバメはしきりにさえずって一体何を伝えようとしているのでしょう。

 その意味は分からないのですが、毎年同じ鳴き方でさえずっています。その鳴き声を音としてきちんととらえようと試み、耳を澄ますのですが、あまりに早くなかなかうまくその音を捉えることはできません。

 ツバメは渡り鳥だと聞いています。どんなに長い旅をして、また我が家を忘れずに戻ってきてくれたことでしょう。‘長い旅、本当にご苦労様でした。ようこそおかえりなさい’そんな思いで、ツバメを見上げるのです。

 ところがです。それから間もなくのこと、我が家の猫が手洗い場の前に敷いてある、マットに何度も飛びついてマットと格闘しているのです。一体何をしているのでしょう。マットとじゃれているのでしょうか? いや、ひょっともするとマットの中に何か虫でもいるのでは… まさか・・・また ネズミ? そっとマットをめくってみました。

 なんと そこにはこともあろうに一羽のツバメが、まだ少しは動くのですが、息も絶え絶えになっているではありませんか。ひょっとして電線でさえずっていたあの燕? その燕にまだ執着しているのか側から離れようとしない猫を捕まえて、思わず、強く叱りつけました。そして、猫ながらに真剣に、こんこんと言い聞かせたのです。

 “ツバメは他の鳥とは違って、長い旅をしてやっとまた我が家を忘れないで戻ってきているのだから、こんな可哀想なことをしてはいけないよ ‼ ”と。

 そして、その燕を庭の日の当たらないところに籠に伏せてそっと置いておきました。・・・でも後で行って見ると既に息が絶えていました。

 それからまた、間もなくしてです。また猫がマットと格闘しているのです。また? 今度は…一体何? 今度はスズメでした。今度もすぐに再び猫に襲われないように少し深めの箱に入れて外に出し、日影のところに置いておきました。しばらくして見に行くと箱の中はからでした。今度はどこかに飛んでいってくれたのでしょうか。あまりの恐怖から失神でもしていたのでしょうか。

 そんなことがあっても、間もなくのことです。新たに何羽かのツバメが巣作りの下見でもしようとしてなのでしょうか、ゆるやかなカーブを描きながら外の玄関の巣をめがけて舞い入って来るようになりました。

そして、本当に何年振りでしょう。今年はもう本格的に巣ごもりに入っているようです。そんな燕たちの巣作りを見ていて、いろいろな被害から守られて、ヒナたちが元気に育って巣立ってくれることをただただ、心から祈り、願うばかりなのです。

◆夏に帰ります。夏野菜を楽しみにしています。

 夏になったら帰ります。飛行機のチケットも取りました。ドイツに住む娘たちからメールが届きました。「スイカと枝豆、トマト、きゅうりなど畑の採れたて野菜を味わえるのが楽しみです」と書かれていました。そしてひまわりの花も。と書き添えられていました。ひまわりの花は朝顔と夏の花としてサラナ親子教室の時代から毎年家の前の花壇に植えてきているのです。

 孫や娘たちの期待に応えるべく、天気の具合を見ながら、5月半ばにしてようやく夏野菜の植え付けも一通り終わりました。後はうまく育って娘たちの期待に応えてやれるといいのですが…。

 たかが家庭菜園なのですが、自然農法や、その農法を基底にしたいろいろな野菜の育て方を通して野菜づくりの奧深さに触れる思いです。

 一方、作物を立派に育てるために肥料のすべてが作物にいくように邪魔者として草を抜くのではなく、なかなか目には届かない土の中での様々な生き物たちの共存共栄を成り立たせるために、草が必要であり、虫が必要であり、肥料が必要とされているということを知らされると、まるで、そこから、子どもの教育の在り方や、人間の在りようが新たに問われ、学ばされる思いでもあるのです。

 しかし、それまでの、何も気に掛けず、あまり知識もない間はそうでもなかったのですが、生半可にいろいろなことを知ると、そうした知識がこんがらかって混線し、いつ、どこに、何を、植えたらよいのか、かえって、わからなくなり、仕事が思うように進まなくなってもしまうのでした。

関連記事