【論説】二兎(にと)を追う者は一兎をも得ず―にならないか。地球温暖化防止のパリ協定に基づき、政府がまとめた「長期戦略案」を一読し、そんな懸念が浮かんだ。「脱炭素社会」とともに経済成長の実現を目指す考えは協定に沿うとしているが、裏付けとなるイノベーション(技術革新)の中身には疑問符が付く。新技術への過度の期待は頓挫した際のリスクが大きく、脱炭素の目標が画餅に帰す恐れもある。

 ■踏み込み不足■

 長期戦略はパリ協定で国連への提出が求められ、先進7カ国(G7)で未提出なのは日本とイタリアだけ。協定は世界の平均気温上昇を産業革命前に比べて「2度より十分低く保ち、1・5度に抑える努力をする」との目標を掲げているが、2度では洪水や海面上昇のリスクは1・5度よりも格段に高く、世界の流れは1・5度を目指している。

 1・5度なら2050年には二酸化炭素(CO2)など温室効果ガスの排出を実質ゼロにする必要がある。日本の長期戦略案は50年までに80%削減、排出ゼロ実現は「今世紀後半のできるだけ早期に」と、従来より一歩進んだものの踏み込み不足は否めない。

 問題は、CO2排出の約4割を占める電力部門、中でも排出量の多い石炭火力からの脱却を打ち出せなかったこと。有識者懇談会の報告書策定段階で座長は「全廃」を示したが、経団連などの経済界代表が反発。結果「依存度を下げる」に表現が後退し、政府案もこれを踏襲した形だ。

 ■実用化を疑問視■

 石炭火力廃絶は脱炭素のスタート地点というべきものだが、経済界に対する政府の及び腰が露呈。CO2排出に応じて課金する「カーボンプライシング」と呼ばれる手法の導入を見送った構図に重なる。成長戦略を掲げる政権への官僚の忖度(そんたく)とも受け取れる。

 代わりに挙げたのが▽発電所などから排出されるCO2を回収、再利用する技術の導入▽水素の製造コストを10分の1にし燃料として普及▽人工光合成―などの技術革新だ。

 ただ、CO2の回収や再利用については、コスト面などから実用化を疑問視する専門家が少なくない。戦略案は原発の新型炉の開発にも積極姿勢を示したが、これもまた実用化は見通せていない。具体的なロードマップを示してこそ戦略ではないか。

 多くの新技術の導入を「非連続のイノベーション」と表現し頻繁に使っている。一方で「それぞれ一長一短があり、一つに絞れない」とも記す。図らずも真相を言い当てたフレーズだろう。

 ■「生活」12行■

 約80ページに及ぶ戦略案の中で「ライフスタイル」の項はわずか12行。シェアリングエコノミーといった流行語が並ぶだけで、省エネやゴミ減量の推進などへの言及はない。新技術があれば、国民の努力は不要とでもいうのだろうか。小事でも積み重なれば、大きな潮流となることを忘れたとしか言いようがない。

 安倍晋三首相は来月大阪で開かれる20カ国・地域(G20)首脳会合で戦略を披露し、日本の積極姿勢をアピールするとしている。ただ、欧州などではさらに野心的な目標を掲げる動きがある。

 世界では今、気候変動の危機を訴える若者の抗議活動が広がっている。スウェーデンの1人の少女が始めた活動がきっかけになった。「地球を救うために誰も何もしていない」と語る少女に、首相はこの長期戦略を自信をもって示せるだろうか。

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