【論説】政府は新たな認知症対策の大綱素案で「予防」を重視し、認知症の人の割合を抑制する数値目標の導入を打ち出した。発症原因の研究や治療法の開発が道半ばにある中での目標設定には違和感が拭えない。

 予防とともに2本柱に掲げた「共生」も道半ばだ。認知症の人らが実現を願ってやまないものだが、大綱策定に向けた有識者会議に当事者や家族の姿はなかったという。これでは机上の空論になりかねない。

 数値目標として、70代の認知症の人の割合を6年間で6%低下させることを掲げた。10年間では約1割減少することになる。対策の最終年にあたる2025年は、人口の多い団塊の世代が全て75歳以上になる。認知症になる割合を減らせば、社会保障費の抑制につながるとの狙いだろう。

 これまでの推計では認知症の高齢者は15年時点で約520万人だったが、25年には約700万人に達するとしている。社会保障費の大幅削減を目指すなら、6%や1割といった数字よりもっと高い目標を打ち出す手もあっただろう。

 ただ、予防には運動や健康的な食事、禁煙などが推奨されているものの、科学的な効果は十分立証されているとは言い難く、無難な数字を掲げるしかなかったとも受け取れる。

 認知症の調査には予算や時間が相当必要で、結局確かなデータは集められないとの指摘がある。目標達成を確認する気がないのに掲げたとすれば、無責任というほかない。

 予防が殊更強調されることで、認知症に対する悲観的なイメージが強まりかねない懸念もある。当事者からは「認知症になった人は努力が足りないと思われるのでは」と不安の声も上がっており、払しょくに努める必要がある。

 予防の具体策として、公民館など身近な場での体操や教育講座などを想定している。高齢になればなるほど、体のあちこちに不具合を抱え、そのことで外に出る気力も失いがちだ。そうした場をどう利用してもらうか。現場に携わる関係者の悩みでもあるだろう。

 一方で、認知症になったからといって、何もできなくなるわけではない。多くの人が症状に合わせて仕事や地域活動などに取り組んでいる。共生社会を目標とするなら当事者や家族の意見を丁寧に聞いて、大綱に反映しなければならない。介護する家族や1人暮らしの認知症の人への支援も忘れてはならない。

 認知症の人が日常生活で困る場面は多く残されている。一つ一つ取り除く地道な取り組みが欠かせない。誰でも発症し得るとの視点で、認知症になっても安心して暮らせる社会をつくり上げたい。

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