大東中野球部員のバッティングを見る酒井利之さん=福井県福井市大東中

 福井県福井市大東中の野球部に、米寿の男性外部コーチがいる。土日や平日放課後に「大東中」とロゴの入ったユニホームを着てグラウンドに立ち、かくしゃくとして子どもたちを指導。終戦まもなくから野球一筋のベテランは「野球は生きがい。持っている技術を子どもたちに伝えたい」と選手に熱いまなざしを向ける。

 コーチは酒井利之さん(88)=福井市。幼少期、当時貴重だった本革のグラブを父親の実家で見つけ、野球を始めた。小学校卒業後は、学徒動員で就職。旧国鉄に入社し、野球チームのエースとして活躍した。

 18歳だった1948年の福井地震のときは会社の宿舎が倒壊し同僚が何人も亡くなった。酒井さんは野球をしていて難を逃れた。

 20代後半からは審判としても活躍した。仲間同士の試合で審判が不足していたことがきっかけ。ミスジャッジの少ない酒井さんは評判が良く、当時は福井県から10年に一度しか選ばれないとされた甲子園の審判を2度経験した。

 中学校野球部の指導は還暦を超えたころから。「先生は忙しく、教える人も少ない。なにか手伝えることはないか」と成和中のコーチに就任。灯明寺中を経て、現在の大東中は17年目になる。

 ノックしたり、紅白戦で審判をしたりと献身的にチームをサポート。3年前、皮膚がんの一種メラノーマを患ったが、「自分から野球をとられると死んでしまう」と、抗がん剤治療を受けながら練習に顔を出し続けた。野球部監督の野瀬貴彦さん(40)は「酒井さんの姿を見て、『結果を出して酒井先生を治すぞ』と選手と誓い合っていた。3年前のチームは決して強くなかったが、一体感があった」と振り返る。結果、この年の夏の地区大会は快進撃で20年ぶりの準優勝を果たした。

 今はがんや抗がん剤治療で体が弱り、通院生活を送っている。ノックなどはできないが、選手のバッティングや投球フォームの指導は欠かさない。「野球は自分のいきがい。100歳以上生きて、最後の最後まで野球に携わりたい」と力強く語る。

 チームは、今年のJAバンク杯県中学校選手権大会で見事決勝に進出した。18日の大一番は酒井さんもベンチに入り、優勝を目指して選手と一丸になるつもりだ。

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