【ゆるパブ・コラム】地方移住東京人が感じたGWの違い

こんにちは!ゆるパブメンバーのちばです。怒涛の10連休が終わりましたが、福井県に移住してきて以来、テレビ画面にかじりついて渋滞予測をみることがなくなりました。世間と逆であること(都会から地方に帰省するのとは逆)でいろんなところで“得している感”を得られているような気がします。いや、実際に得をしている。(笑)このゴールデンウィーク(GW)は天候にも恵まれ初夏の陽気でしたが、庭や空き地でBBQができるのも地方移住の醍醐味だし、義理の父は「山が呼んでいる」と言って食べたくなったらすぐに酒のつまみである山菜を採りにいく。そんな地方に住んでいますが、生活を振り返ってみると「革新的」というより「保守的」な生活感が強く、毎年やっていることは同じ。それでももちろん幸福感がありますが、最近地方で出会う若い世代の子たちと話していると、「革新」でも「保守」でもなく、なんだか新しいものを作り出しているような気がするのです。

■なにも変わらない中での幸福感

福井県に初めて住んだのが11年前。妻と結婚して10年目に突入していますが帰省するたびに大抵同じサイクルで物事がすすんでいます。当たり前(都会では当たり前ではない)ですが5月に福井に帰省すると田植えする光景が広がっていたし、天気が良ければ所々でBBQをしている。(笑)だいたい行くとこもいっしょだし、「なんだか、今年はいつものGWとは違うな」ということはほぼありませんでした。移住してからももちろんいっしょ。地域の活動も、自宅での活動も基本的にはいっしょです。東京に住んでいると「今年は帰省する?しない?」から始まり、「なにしようか?」「どこいこうか?」が始まる。その時の家庭状況(子供が大きいか小さいか?とか経済的にどうか?とか)でやることがコロコロ変わる。「保守」も「革新」もそれはそれなりの幸福感とかめんどうくささとかもあるので、どちらがよいなんていう優劣はつけることはできませんが、それなりにどちらも楽しんでいました。

■ある一定の決まりごとの中にさがす新しいもの

そんな中で、若い世代の人たちも同じように「変わらない風景」の中にいるのかというと、そんなこともなさそうなのです。これは僕の主観になりますが「同じもの」の中に“新しい作業”を付け加えようとしている。そして“新しい作業”を付け加えることで同じであったものを“自分たちのもの”にしようとしているのではないか?そう思うのです。

鯖江市が行なったJK課は今まであったものに自分たちで作った作業や工程を付け加えました。(ゴミ拾いにコスプレを付け加えたり)山に害獣がいれば、ただ追い払うのではなく、人の気配を感じさせるために音楽を融合させて「mount of music」を開催したり、田植えは仮面女子といっしょにお酒に変わる稲を植えたり。“今までと同じ”とか“もうすでに揃っているもの”では面白くない。楽しくない。そこに自分たちで考えた作業や工程、過程を付け加えることで新しいなにかができあがる。しかも“私物感”が生まれるから喜びも増すわけです。カップラーメンは作れないけど、カップラーメンに何かをちょい足しすることで自分のラーメンができあがる。みたいな。そんな時代がじわりじわりときているようで、なんだかワクワクするのです。

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