福井県あわら市の民家で見つかった啓発録の活字本

 山本の人物像は分かっていないが、福井県勝山市の成器小学校(当時)に英語教師として招聘されたとの記事が、出版1年前の1888年8月31日の「福井新報」に出ている。山本が書いた活字本の序文にも、福井県の教師となり、友人から啓発録を紹介されたとの記述があることから同一人物の可能性が高い。

 序文の冒頭で山本は、西洋文明を受け入れた日本人は伝統的精神を忘れている、と憂えている。その上で「議論老成賢人君子英傑ノ心志ヲ明弁ス(中略)感動激発欽慕ノ情ヲ興サゞルハナシ」と記述。熟達した精神を幼年の左内ははっきり持っている、と述べている。

 角鹿さんは「山本忠輔は左内のことをよく知っていて、高く評価されていたことも知っていた。西洋文明への偏重を憂えているときに啓発録を知り、左内の早熟さにとても驚き、多くの人に読んでもらおうと考えたのではないか」と話している。

関連記事