【越山若水】立山連峰が、空とおんなじ青色をしていた。だから、雪の白をかぶった尾根の連なりだけがまるで浮かんで見えた。「見れども飽かず神からならし」。大伴家持の歌が理解できたような気がした▼目を喜ばせつつ向かっていたのは富山市の高志の国文学館である。令和を前に、万葉集に少しでも触れておきたいと思ったが、何しろ原文は全て漢字、歯応えがありすぎる。この施設なら易しく教えてくれるはず、と期待した。館長は万葉集研究で知られる中西進さん▼ちょっぴり予習をしておいた。「万葉」の意味には諸説がある。国文学者の佐佐木信綱は昭和29年発刊の「新訓万葉集」で三つを紹介している。一つ、葉は言の葉。つまり多くの歌を指す。二つ、葉は世。万世に伝えるべき書物の意。三つ、葉は木の葉そのもので歌の例え。信綱は三が捨て難いとする▼さて、文学館では、富山の人たちにとって万葉集がどれだけ大事か知った。地元でつくられた絵本を開くと、家持の越中への思いが日本最古の歌集を生んだ、と誇っている。家持が越中で詠んだ歌は223首も収められるから決して言い過ぎではない▼後日、中西さんの本に福井のゆかりの地を教えてもらった。中でも小浜の後瀬山は家持と妻の贈答歌の舞台。中西さんは「多くの都人の恋を背負った山」と、うれしい評を書く。恋の葉をたどりに訪れたくなった。

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