――表象活動を行おうとしますと、そのつど反感と出会うのです。…その反感が非常に強くなってきますと、そこに記憶像が生じます。記憶というのは、私たちの内に働いている反感の所産以外のものではないのです。…記憶は高められた反感にすぎません。大きな共感をもって表象する場合には、決して記憶に残ることはないでしょう。その場合には表象をいわば養分のように飲み込んでしまうからです。表象に対して一種の嘔吐感を持ち、そしてそれを吐き出し、それによって眼前に表象を現出させる時、記憶が生じるのです。…つまり像を表象し、その表象を記憶の中で投げ返し、そしてその像を固定しますと概念が生じます。このような仕方で、魂の働きの一つの側面である反感は働くのです。この反感は私たちの生まれる以前のいとなみと関連しています。 

 意志は共感に基づいています。この共感が充分に強くなり、ちょうど記憶が強い反感に支えられていたように、共感もそのように十分力強くなりますと、その共感から想像力=ファンタジーが生じます。…そして通常の生活においては無意識にしか働かない想像力をもっと力強く働かせて、その想像力が人間存在全体を貫き、感覚を刺激するほどまでに至りますと、形象作用=イマジネーションが生じます。この形象作用によって外的事物を素材にしたヴィジョンを得るのです。概念が記憶から現れてくるように、ヴィジョンが想像力から現れてきます。感覚世界の直感を私たちに可能にしてくれるこの形象作用は意志から生み出されるのです。―-

 そして教育の在り方についての示唆が述べられているのです。

 ――表象だけを育てようとするとき、一面的に子どもを誕生前の方向へ持って行くことになります。

 ですから、もっぱら知的に教育するのは、有害なのです。

 それはその子の意志を、その意志がすでに卒業している誕生以前の事柄に、再び組み込むことになるのです。

 子どもの中に、あまりに多くの抽象概念を取り入れることは許されません。むしろイメージを取り入れなければなりません。…イメージは形象作用だからであり、想像力と共感から生じてくるからです。

 概念は抽象作用であり、記憶を通り、反感を通って、誕生以前の生活からやってきます。ですから子どもに多くの抽象的な勉強をやらせますと、血液に炭酸ガスをふやす作業を子どもにやらせることになります。それは死ぬこと、肉体を硬化させることに通じます。

 子どもに可能な限り多くの形象を与え、可能な限り子どもとその形象(イメージ)で会話するなら、子どもの血の中に絶えず酸素を補給し、絶えず生成への萌芽を植え付けることになります。それは子どもを未来へ、死後の彼方へ向けることになるのです。…

 子どもたちに形象(イメージ)を与える時、私たちの教育は、この宇宙的な働きを再び取り入れるのです。

 私たちは子どもの中で萌芽になることの出来る形象をその身体の中に植えつけます。そのような形象を生かす教育が大切なのです。ですから「形象による教育ができれば、人間の全体を共鳴させることができる」という感情を常に持っていなければなりません。―-

参考文献
『 教育の基礎としての 一般人間学 』
(高橋巌・訳 筑摩書房1989年1月10日 発行)
『いまを生きる高橋巌講演録 Ⅱ 』
(昴・日本人智学協会関西支部2011年12月11日 発行)
『シュタイナー教育入門 現代日本の教育への提言』
( 高橋巌・著 角川選書 昭和59年7月20日 初版発行)
『シュタイナー 生命の教育』
(高橋巌・著 角川選書 平成21年11月10日 発行)