東風吹かば 
匂いおこせよ梅の花 
主なしとて春な忘れそ

 菅原道真が詠んだという歌がふと浮かんでくるのです。

 色とりどりの水仙。ヒヤシンス。チューリップ。パンジー、サクラソウ。名前も知らない数々の花々。私の近くの畑のふちに植えられた花々が今を盛りと咲き誇っているのです。

 近くで畑を作っておられた方が1月末、突然亡くなられました。お聞きしたのは亡くなられて1ヶ月も経ってからのことでした。

 昔からの知り合いではありましたが、いつもは挨拶程度で、たまに話を交わすぐらいでそれほど親しくしていた方ではありませんでした。しかし、訃報をお聞きした時にはあまりの突然なことで大変ショックでした。その畑の前を通るたびに、畑で仕事をされておられる姿が浮かんできて錯覚に陥ってしまうのでした。

 特に春に備えて、植えられている数々のそのお花の苗の芽吹きや球根等から顔を出し始めた芽の数々を目にするとき、ひとしお胸が締め付けられ、つらい思いにかられるのです。そして、ふと道真の歌が思い浮かんでくるのでした。

 春に花が咲くのを楽しみにこうして植えられたたくさんの花々を、自分では再び目にすることなく残して行かなければならないことになろうとは…。よもや思われなかったであろうことを思うとです。

 随分とお花がお好きだったようで、いつも畑の隅には色とりどりのきれいな、珍しいたくさんの花々、これまで畑の行き帰り、どれだけ目を楽しませていただいてきたことでしょう。

 3月に入って、その畑には、まだ収穫されていない大根や、かぶが残されていました。お母さんが残して行かれた取り残しの野菜を、息子さん夫婦が始末されていました。無駄にしないようポタージュや、お葉漬けなどにされるとのことでした。私も、かぶの枯れた葉などを取り除き、少しでも料理の意欲がわくように、見た目もきれいになるようにその葉の整理のお手伝いをさせていただきました。

 後日、畑を通ると、息子さんが畑におられました。お声をかけると、全くの青天の霹靂であった突然のお母さんの死への思いや、それと同時に、あくまでも畑仕事はお母さんの趣味的仕事であって、まさかこんなに突然に自分に降りかかって来るとはと、畑仕事に途方に暮れている思いを語られました。お母さんのお友達からは、これからのじゃがいも植えから始まる畑のやるべきことについて多少なりとも指導があったようです。

 畑の何処をどのようにしたらよいのか、ジャガイモはどのくらいをどのようにして植えたらよいのかを聞かれました。

 その家族の需要を満たすためにどのくらい植えられるのかはわかりませんが、1個の種芋から少なくて5個のじゃがいもが採れる計算で、30センチ程の間隔で植えられたらどうでしょうかとお答えしておきました。畝を作る前に、まず草取りからもしないといけないのだと言われて草取りをされているのです。草取りもしないといけないのかという思いがありありと伝わってきましたので、草むしりのお手伝いも少しさせていただきました。

 なるべく気持ちの負担が軽くなればと‘決して無理をしないでくださいね。やりたくなったら、やれることからやれるだけされたらいいのですよ’と。そして、畑のやり方には草を取らず、草は肥料だという考え方でやっている人もいて、いろいろなやり方があることについても簡単にお話しました。

 それほど広い畑ではありませんし、その中の3メートルぐらいの決して長くはない1畝分の草は、あっという間に取れてしまいます。草は穴を掘って埋めておくようにとの指示があったということで、掘った穴は残滓や草で盛り上がっている状態でした。1列だけをどうにか耕して終わられたようでした。

 後日、じゃがいも植えについて耳で聞いたことをさらに整理して理解しやすいように、私の手持ちの冊子『野菜だより』のじゃがいも植えのところにだけ付箋をつけてお届けしました。 よければじゃがいも植えの参考にしてください’ と。お届けすると、‘僕に畑仕事を勉強しろということですか’と言われてしまいました。しかし、それから何日か経って奥さんがその冊子を返しに来られたときに話してくださったのです。

 御主人が本屋さんに行かれたら同じ本があったので買ってこられたというのです。ついでに、年に何回か出るその冊子のすべてを予約してこられたというのです。そのことをお聞きして、“よかった”という喜びの思いと同時に少し安堵の思いもしたのでした。

 丁度その時、良い天気が続き、私の畑の取り残しの大根の処理として、切り干し大根が乾しあがっていましたので、奥さんに少し味見をしていただきました。’甘い ‼ おいしい ‼, 買った切り干し大根とは味がぜんぜん違いますね。’ とすぐにそう言われました。‘食べられますか?’‘ 欲しいです。いただいても いいのですか?’‘いいですとも’といってその切り干し大根を少しですがお分けしました。少量しか差しあげていない切り干し大根を、単身赴任のご主人が帰って来られて食べてもらうために残してあるとのことでした。

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