ふと気づくと「三上の娘」は今頃どうしているかなと考えていることがある。生死さえ不明なのだが、どこかのありふれた商店街で、のんきに買い物なんかしていたらいいのにと思う。架空の人物なのに、実在の知人のように心配している。作家の掌に乗っているのだ。

 三上とは、横山秀夫のミステリー『64(ロクヨン)』の主人公、警察官の三上義信のこと。娘のあゆみは失踪中で、いなくなる前には、父親似の自分の顔を醜いと罵り、母親の美しさを憎悪していた。そんな親子関係はあまりに痛々しく、苦かった。親も子も不器用すぎて、いたたまれなかった。

 あれから6年余。待ちに待った横山秀夫の新作『ノースライト』は警察小説ではない。一級建築士の青瀬稔が主人公の、いわば「建築ミステリー」だ。この作品にも幾組かの不器用な親子が登場する。不自然な会話をし、切ない時をやり過ごす。

 大学時代の友人、岡嶋昭彦の事務所に勤める青瀬は、舞い込んでくる依頼を無難にこなすだけの毎日を送っていた。だがある時、「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」という依頼を受けて、消えかけていた建築への情熱が再燃する。施主は吉野陶太。

 自由な発想の下で生まれたのは、北からの優しい光、ノースライトを生かした木の家「Y邸」だ。だがその自信作に、吉野一家が暮らしていないことが分かる。あんなに喜んでいたのになぜ? 青瀬がY邸のある信濃追分に行ってみると、そこには建築界の巨匠、ブルーノ・タウトによる椅子だけが残されていた―。

 家を巡る物語はすなわち、家族の物語となる。提示される謎が解きほぐされていくに従って、夫婦や親子の本当の姿が明らかになっていく。なぜなら、人がどんな家に住みたいかというのは、それまでどんな暮らし方をしてきたかが投影されるから。そして、これからどんなふうに生きていきたいかという願いを映すから。

 青瀬には13歳の娘、日向子がいるが、離婚した妻と暮らしている。その日向子に会いに行く場面の独白が印象的だ。喫茶店までの道でどんなことを話そうか考える青瀬。月に1度の父子面会を「強火で豆を煮るような時間」だと思う。一緒に暮らす家族ではないから「弱火でコトコト豆を煮るような関係」は築けないのだ。

 青瀬はその直前、新幹線の中で「子を呼ぶヒヨドリの夢」を見ている。この小説は大事な場面で鳥が現れ、重要な役割を果たす。

 鳥は青瀬の過去にも関係している。青瀬は「ダムの子」だった。父親がダムの型枠職人だったため、建設地を転々とする「渡り」をしながら育った。「渡り鳥」を連想させるこの生い立ちが、建築士としての考え方にも影響を与えている。父の関係には九官鳥が、また日向子との間にはセキセイインコが関わる。

 後半、青瀬の事務所は藤宮春子という画家の記念館を建てるコンペに挑戦することになる。タウトの椅子の謎を抱えながら、物語は熱気をはらみ、スピードをあげていく。同僚だけでなくライバルの建築士や新聞記者も登場して、職業人の在り方や誇りに触れていくあたりは、いかにも横山らしい。

 しかし、この作品の核にあるのは、やはり家族関係の危うさであり、苦さであり、痛々しさだ。終盤、別れた妻ゆかりとの間で交わされる会話の間に、キィー、ギーと鳥が鳴く。ゆかりが「きっとアオサギだわ」と笑みを浮かべる。

 そして結末。青空をツバメがよぎる。青瀬はそのくちばしに、巣作りの材料らしきものを見る。再生が暗示される。

(新潮社 1800円+税)=田村文

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