インタビューに答えるスポーツ庁の鈴木大地長官

 「ついに」と表現していいだろう。日本高野連が投手の球数制限について検討する「投手の障害予防に関する有識者会議」の第1回会合が4月26日に開かれる。

 昨今活発になっている球数制限論に関し、2月にスポーツ庁の鈴木大地長官に話を聞く機会があった。ようやく動き出す本格議論を前に、改めて鈴木長官の思いに触れたい。

 そもそもスポーツ庁長官という立場で発言する背景には、スポーツ庁が2018年3月に策定した「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」の存在がある。

 体が出来上がっていない子どもの故障を予防するため、中学では学期中の週2日以上の休養日を設けるなどの内容で、強制力はないものの高校にも「原則適用」を促している。

 そうしたことを踏まえ、高校野球を特例扱いするのではなく、むしろ国民的人気を誇る高校野球だからこそ、他競技が変革するきっかけ、象徴になってほしいという願いが鈴木長官の根底にはある。

 昨年12月、新潟県高野連が春季新潟大会で球数制限導入を表明したことを受け、鈴木長官は「ガイドラインであるように、若い人の障害予防の観点から好ましい」と賛意を示した。ただ、決して球数制限にこだわっているわけではない。

 制限するのは球数か、投球回数か、はたまた試合間隔かという方法論よりも、高校生の心身の健康を守るというビジョンの重要性を強く訴えたいのが真意だ。

 印象的だったのは、取材中に鈴木長官がたびたび悩ましげな表情を浮かべたことだ。

 例えば、強制的に制限するよりもチームの自主性に任せるべきではないかという意見について。「やってくれればいいけど…難しいね…難しい」と繰り返し、言葉が止まった。

 自主的に制限する形が理想的なのは間違いない。一方で、過度な勝利至上主義を垣間見る現在の高校野球界で、そうした流れがいつになったら実現するのか、機運の高まりを待っている間にどれだけの高校生が壊れてしまうのか。

 理想と現実の狭間で、自分はどう発言すべきか。そうした判断の難しさと自問自答しているように映った。

 1988年ソウル五輪競泳金メダリストという肩書で長官に就任してから3年余り。スポーツ界の喜怒哀楽に関し、コメンテーターのようにメディアから発言を求められることは多い。

 ただでさえ賛否が分かれるテーマ。そうした状況でも今回、「新潟県高野連の勇気を応援したい」と立場を明確にした理由は何だったのか。

 答えを聞くと「高校野球界は少しずつ開かれていくべきではないか」と述べ、海外の先進事例や専門家の意見を取り入れてもらいたい考えを明かした。

 「野球を知らない人が口を出すな」といった意見を目にすることはしばしばだ。鈴木長官もそうした空気は感じている。

 しかし“知っている人”だけでどれだけの議論がなされてきただろうか。

 思い悩みながら発言に踏み切った裏側には、スポーツ行政のトップにいる今だからこそ、内輪の論理ではなく、周囲の意見に耳を傾ける契機をつくり出したい狙いがあったのではないか。それは高校野球だけではなく、不祥事が続くスポーツ界に共通する問題と言っていい。

 取材から約2週間後、日本高野連は新潟県高野連に球数制限実施の再考を要請(新潟県高野連は今春の実施を見送り)する一方、有識者会議の設置を決めた。

 鈴木長官は「半歩、一歩前進」と述べるにとどめ、決して満足感を示さなかった。そのコメントからは、ここからが本番というメッセージと自身の決意がうかがえた。

 有識者会議は11月初旬までに4度開催され、日本高野連の理事会への提言をまとめる。議論の推移を注視していきたい。

渡辺 匡(わたなべ・ただし)プロフィル

2002年共同通信入社。和歌山支局、大阪社会部などを経て11年から本社運動部。ラグビー、スポーツ庁などを担当。東京都出身。

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