【越山若水】95歳にしてなお知的な探究を続ける英文学者、外山滋比古さん。今年に入っても「伝達の整理学」(ちくま文庫)を書き下ろすなどとても意気盛んである。その中でこんな思い出話を披露している▼富士五湖辺りを走るバスに、小学生らしき男の子と母親が乗っていた。ある場所に差し掛かると、忽然(こつぜん)と富士が姿を現した。「ホラッ、富士山よ!」。巨大な山容に息をのみ母親が叫ぶと、少年は言い放った。「違う! あんなのウソの富士山だッ」▼なるほど、少年が知っている富士山は、写真で見ただけだが、頂上に白い雪をいただき、薄青色に輝く円錐(えんすい)形の麗峰である。目の前の黒っぽい山塊とは似ても似つかない。そこで外山さんは日本の古歌を紹介する。「遠くより眺むればこそ白妙(しろたえ)の富士も富士なり筑波嶺(つくばね)もまた」▼景観には遠景、中景、近景の三つがある―と外山さん。その上で「巨大な自然は少し離れたところから見たときに最も美しい。近すぎては本当の良さが分からない」と持論を述べる。現に世界文化遺産の富士山には、約45キロ離れた三保の松原からの絶景も含まれる▼ところで富士山には世界自然遺産に落選した過去がある。遠景の秀麗さと裏腹に、近景のごみ投棄があまりにひどかったからだ。間もなく大型連休がやって来る。県内観光地は大丈夫だろうか。飛び切りの遠景も、近景次第で台無しになる。

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