渋沢栄一が藤島神社移転に50円を寄付した記録が残る台帳を広げる新田宮司=4月9日、福井県福井市毛矢3丁目

 紙幣の刷新が発表された4月9日、肖像画に採用された偉人3人にゆかりのある福井県関係者からは歓迎の声が上がった。福井市毛矢3丁目の藤島神社では、明治時代に現在地へ移転した際、渋沢栄一から寄付を受けた記録が台帳に残っているのを宮司が確認。思わぬつながりに驚き、「神社が注目されるきっかけに」と期待を寄せた。

 新田義貞をまつる藤島神社は、水害を避けるため1901(明治34)年に市街地から足羽山に移転した。この日の新紙幣発表を受けて渋沢の寄付に関する問い合わせがあり、新田義和宮司(42)が倉庫の台帳から記載を見つけた。

 台帳は、05(明治38)年1月からの「藤島神社奉遷事業費寄附人名簿」。由利公正や井上馨らに混じって渋沢の名があった。寄付額は50円(当時のコメ約330キロ分相当)。住所欄は「日本橋区兜町」、身分の欄には「正四位勲四等男爵」とある。

 新田宮司は、渋沢が仕えていた徳川家が新田家の系譜を継いでいるとされる縁で寄付があったと推察。渋沢の出身地の埼玉県深谷市にある菩提(ぼだい)寺の華蔵寺(けぞうじ)は、新田家の菩提寺でもあり、「ひょっとしたらそれも藤島神社への思い入れにつながったのかも」と想像していた。

 津田梅子が創立した津田塾大の同窓会福井支部の嶋田玲子支部長(60)=鯖江市=は「とてもありがたいことで元気が湧いた。華やかな印象の学校ではないが、若い人にも魅力を伝えたい」と喜び、「(津田梅子は)若い時に留学するなど勇気のある人だったと思う。支部の集まりでも積極的に話す人が多く、その精神がどこかに受け継がれている」と誇った。

 北里柴三郎が創設した研究所が前身である北里大の同窓会県支部の伊藤善祐支部長(66)=勝山市=は「近代医学の基礎を築き、衛生行政などでも多大な貢献をされた人。一般的な知名度が高いとはいえないが、これを機に業績がクローズアップされれば」と期待。同窓会のメンバーは約150人で年に1度は総会と懇親会を開いており「次の総会はきっと盛り上がるでしょう。楽しみです」と話していた。

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